ガルルの心が漸く落ち着きを見せ始めた頃。


『課長。宜しいでしょうか』
「おーよ。結果報告どうぞ〜」
『先ほど課長より頂いた
ピンクチェックを重点にその他滞在軍人、そして現時刻までのケロン・スターへの全ての通信傍受の結果はオールグリーン。異常有りません』


のノートパソコンからだ。
まだ本部にデータを送って10分も経っていない。流石と言うべきスピードだ。


「そうか。その他は?」

だがそれも諜略部隊からすれば当然の速さと技術なのだろう。
はソファで先程の兄とのやり取りに、まだ心底嫌そうな顔をしながら寝転がっているだけだ。
本当に優秀な者を揃えているのだなと、ガルルが感心しながらも
『この隊長の態度』を見て何とも思わないのかを疑問に思ってしまう。

どんだけ仲良し部隊なんだと言う話だ。


『今後滞在許可を申請している部隊等も2週間先までマザーでチェックはしてみたものの、こちらでは【レッドカード】と判断が付きませんでした』
「ん〜、まぁいつもと調べる事全然違うもんねぇ。判断しにくいわな。ちなみに通常のやらかしは?」
そっちはまさに入れ食いですね。グランド・スターだけを徹底して洗ったのでいつもより凄いことになってます』
「うわ、聞くんじゃなかった。帰りたく無くなったわ…」


ふぅ、とがこれでもかと嫌な顔をした後。

「そんじゃまぁ、後はいつも通り適当にヨロ。私は壊れかけのパープルソルジャーとノーパソ一台で頑張るよ」
『了解。ご無理はなさらず』


部隊との通信はそこで終わったのか、がむくりと起き上がる。
眠いのかダルイのかつまらないのか、とにかく嫌そうな表情でボンヤリしている。まるでもう仕事が終わったかのようだ。
その様子に漸くガルルが口を開く。


「おい、たったそれだけでいいのか?」
「ん?何が?」
「『何が』じゃないだろう!大佐のピエロを捕まえるのにソレだけで済んだのかと聞いているんだ!」


理由は違えど、
とにかく一秒でも早くこのグランド・スターから立ち去りたいのは同じはずなのに。
あれだけの会話で一体何が分かると言うのだ。


『分からんもんは分からん』って事が、分かったじゃん?」
「分からないと困るのは俺達だろう!?」
「…あのねぇガルル君」

ハッ、と馬鹿にした様に鼻で笑った後。

「アンタがそこにいてベラベラうちの部隊との会話のやり取りなんか出来るかっつーの。
超!極秘マル秘の裏話なんだし」
「っ……」




  の扱う案件はまず表に出てはいけない代物。
  そしての存在も、部隊の存在も極秘裏でいなければいけない。


 

それをガルルが【護衛官だから】と言う理由で聞いてもいいと言う事にはならない。


「だったらお前がいつも使っているインカムでも他の部屋でも使えばいいだろう!」
「どの部屋にも監視モニター入ってる。私の足跡が残るのは非常に宜しく無い。後から消すのも面倒臭いし」


シラッと言い切る
異常に腹が立つが、今回のガルルは出る幕が無い。
と違い全く打つ手が無いガルルは怒鳴るに怒鳴れない。


「ココには課みたいに情報処理設備も無い。下手に動けばピエロにバレる。コレだけ制限掛かってるのにノーパソ一台で出来る事は知れてるだろ?」


キン、とが煙草に火を付けガルルを見る。
確かに言うことは正しい。
現状は外に送ったデータ達を徹底的に調べて貰い、その結果を待つしか無いのだ。


「…だが…お前はさっき『打つ手がある』と…」
「あるよ?」
「なら早くそれを!」
「今は貰ったデータを一応確認中なのー。こぼれが無いかの隊長の仕事ですー。怒鳴るくらい回復したならコーヒーくらい淹れてよ」


ガルルが
生まれて初めて無意識に次元空間が開きかけたが、何とか沈めてコーヒーを淹れに行く。
何をどうしてここまで自分を苛つかせる事が出来るのが。
は間違った事は何もしていないのに、だ。
この性格で【大佐】と言う階級なのだからどうかしている。
明らかに天は間違えた人間に間違えた才能を与えすぎている。


「ねぇガルル…。あんまり考えても意味無い事を真面目に考えるとマジで老けるよ?」
「今は喋らせるな…」

心の愚痴が全部出てしまう。









 

 

 

 

 

 

 










「ふぅ。アンタも偉い人間なのにさぁ、
『急いては事を仕損じる』って知らんのかね?」

データを見終わったのか、がパソコンを閉じてガルルのコーヒーを啜る。
その
『偉い人間』に淹れさせたコーヒーは『もっと偉い』は満足な味だ。
どう考えてもケロン軍精鋭スナイパーで尊敬の念を集めている【あのガルル中尉】を
お茶汲み扱いするのはだけだろう。
ガルルはこう一々パシリにされる事に若干慣れ始めている自分が恐い。


「俺は今回のようなケース自体を初めて知ったんだ。対処法も何も知らんのに急ぐ事も出来ん」
「まぁ、ウチの部隊が出るようなマル秘特殊ケースですから。知られてたら逆に怖ぇわ」


何とか
本当に落ち着きを取り戻したらしいガルル。
デスクに座り自分もコーヒーを啜る。
今回の自分の役目は【の隠れ蓑】。それ以外は何も出来ない。
全てはこのヤンキー娘の腕に掛かっているのだから』と、かなりの投げに入ったら気分も軽いものだ。



「それで?結果はどうだったんだ」
「さすが我が部隊と言ったところだね。みーんな優秀過ぎて花マルあげたいよ。【ピエロ】に関しては問題無しだ」
「なら次の手はどうするつもりだ?現地調査でもやるのか?」
「私が自ら?ジョーダン。
【無駄を徹底的に省いて自分に優しくエコに生きる】のが諜略課のモットーですので」


凄く偉そうなスローガンをとても偉そうに言い放ち、一気にがコーヒーを飲み干す。
そしていつもガルル小隊に悪戯を仕掛ける時の、ガルルが散々見飽きた嫌な顔になる。



「ガルル、今現在【ピエロ】の存在は確認出来ていない。コレをどう思う?」
「どう、とは…?」
「先に言うがウチの過失は無しだ。それ以外の現在想定できる仮説を立ててみろ」

 


突然問題を投げ掛けられても、答えられる筈がない。
どう考えても率いる諜略部隊が見付けられていないと言うのが一番に来る。
だがそれも考えにくい現実がある。
短時間ではあるが、部隊長のが自ら出てきているのに今だ何もヒットしないなど考えられない。
本当に認めたくないが、は頭が良すぎて
おかしな方向に突き抜けたタイプなのは分かっている。



「……頭固いなぁ。脳みそゴリゴリなんじゃない?じーちゃんになるぞ?」

は問いかけから相手の回答までの時間がいつも短い。10秒で長い方だ。
だがこの突発的な問いに即座に答えられるのが諜報略奪課の人間だ。頭脳プレイなら何処にも負けない人間ばかり揃っている。
その光景は良く見ているので分かるが、【特殊部隊】とその他の人間の頭脳を一緒にしないで欲しい。


「生憎私は
戦場がメインで、大佐のように参謀やデスクワークなどは不得手ですので」
「チッ、嫌味ったらしいな…」


どっちがだ、と言いたいが。
に今の一言は言い過ぎたとガルルは思った。



  
  軍服を着て、ここに居る。



当然居心地がいいはずが無い。今も自分の一言のせいで懐かしさと苛立ちが同時にに襲い掛かっているだろう。
にとってグランド・スターは兄も去ることながら、悪い思い出が多過ぎる場所だ。

少佐時代の彼女から全てを奪った場所なのだから。



「…すまない。失言だった」
「謝るなら最初から言うな…お前の頭を本気でぶち抜きたい気分だ」

それだけ言うと、スゥとの表情が厳しい部隊長の顔になる。
不機嫌な私情から切り替えたのだろう。


「行くぞ。お前はとにかく考えて思考を柔軟にしろ。小隊を率いる隊長がそれだと地位も間々ならんぞ」

バサっと立ち上がるとは扉に向かった。

「なっ、待て!何処へ!?」
「チェックメイトを打ちに行く。さっさと帰るぞこんなとこ」
「だから何処へと聞いているんだ!」
「付いて来くれば分かる」






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










さっさと歩いていくに追い付けば、既に軍服の色が違った。
さっきまで兵卒階級ののベージュだったが、今は佐官の黒だ。
公式とは違い素のままで羽織っているので【大佐】と分かる者は居なくとも、目立つに変わりはない。

「おい!そんな目立つ格好をしてはっ」
「上官相手にタメ口聞いてる方が目立つ」

その一言にガルルも、ぐっと言葉を止める。


「ヒントをやる。1つ、
部隊としてやるべき事は全てやった。これでウチに落ち度は無い」


諜略部隊としての事だろうか。
確かに調べあげはしたが、見付けていない。


「2つ、私は兄者の勘は信じるが、『兄者の言葉』は信じていない」
「なっ?!」
「私に対してのヤツの言葉なんか嘘だらけだ。佞言(ねいげん)と嘘を引っこ抜いたらほぼ無言だ。お互い様だがな」
「なら何故来たんですか!?」
「3つ…」



一度もガルルを振り向く事無く、やって来たのは。
ガルルも踏み込みたくも無い場所。



「ここ、ですか…?」
「世の中には嘘と騙し合いと何重もの罠を張り巡らせな
がら、いかに相手を【事故死】に見せ掛けて殺そうか日々考えてながら生きてる兄妹もいる」

 


小一時間程前にやって来たばかりの。
がこの世で一番嫌いな兄・ガララの執務室だ。



「今の3つで大体分かっただろ?」

振り向いたの眼は完全に戦闘体制だ。
軍服を変えたのは、二度目の変装とシールド効果を考えてだろう。

「お二人の仲の悪さは十分に…」


正直、ガルルは何も分からない。
分かったのは
ただこの兄妹が底抜けに仲が悪いと言う事だけだ。
そしてこれから起こる惨劇の目撃者として自分が巻き込まれる事も。




 

 

 

 

 

 

 

 

 














「ガララ大佐にお目通り願いたい。この度新たに少佐としてグランド・スターに着任しただ」
「はっ!ご苦労様です」


  二度目だ。
  全く同じことを、本当の着任当時もこの場所でした。



「悪いが階級章がまだ出来ていない。ガルル中尉の物で通れないだろうか?彼なら証明に値するだろう」
「お持ちで無い…?では前の階級章の提示をお願いします」
「それを今本部に預けて新しい物を作っているから持っていないんだ。急ぎだ。早くしろ」
「っ、はい…。ではガルル中尉、変わりに階級章を」
「あぁ」

ガルルは階級章を護衛兵に差し出しながら、心底彼を哀れに思った。

流石にグランド・スター最高責任者の部屋だ。万が一だがの偽造階級章でも通らない可能性はある。
ただでさえ機嫌が悪いにキツい口調でズケズケ言われては混乱しか招かない。
その上『階級章は持ってない』だの
疑わし事この上無いが、『自分』と言う確固たる証明がいる。
これは意地悪でも悪戯でも無く、【ただの腹いせ】だからこそ哀れに思うのだ。
何だか変に親近感さえ沸く。


「確認終了しました。大佐は中で執務中ですのでお静かに」
「さっさと開けろ。急ぎだとまた言わせる気か?」
「失礼しました!」


急いで階級章が戻ってきて、護衛兵が中への暗証番号を打ち込もうとしたら。


「ヌルいセキュリティだな」
「はい?」
「おい!?」

の手にはまた勝手に改造して作ったであろう、
小型銃。

「いくらガルルが居ようがこれだけ疑わしい人物を不用意に入れる奴の気が知れん。『』をデータベースで調べるくらいしないのか?」
「何を?!」
「お前は減棒決定だな」


護衛兵が急いで構えようがもう遅い。


「次の給与査定を楽しみにしとけよ!?」
「待て!!」

と、言ってが止まった事は無い。


  
ゴツッ。


鈍い音と共に、哀れ護衛兵は銃のグリップで米神をハンマー殴りされて撃沈した。


「ふむ、サイズの割に硬度は十分だな」
「お前と言うヤツは!無実な護衛兵に何て事を!?」

急いで倒れている護衛兵が死んでいないか確認に回るガルル。
何とか気絶で収まっていそうだが、それを放置しておいていい訳も無い。
だが現状を考えると救護室に運ぶ事も出来ない。


「一回言ってみたかったんだよね。この台詞」
「その為だけに殴ったのか!?」


もう、とにかく申し訳なくて仕方が無い。
だがの表情は
『だから?』としか書いていない。


「グリップアタックも避けられなくて何が護衛だ。それに撃って無い。ガルルの方が十分煩いよ」
「っ、…」
「兄者開けろ。見てんだろ?」


監視カメラの設置位置など部下からの情報でには分かっている。
その方向に銃を向けながらが問いかける。
だが中からの反応がない。


「ふーん…無視か?試し撃ちに扉ぶっ飛ばすぞ」
「だから止めろ!それこそ人が来る!」
『お前の階級章で入ればいいだろう?佐官以上はパスが必要無い事も忘れたのかい
少佐】?』

ガララの声だ。
明らかに挑発の入った声色だが、もその程度では動じない。


「ハッ、バッカじゃねーの?
私の使用記録を残そうなんて甘いんだよ」
『ふむ、まぁこの位じゃ足跡は残さんか』
「早く開けろ。聞こえ無い?
馬鹿だろ死ねよ」
『ガルルを傷物にしないのを条件に開けよう。試し撃ちもいいが人が来るぞ?』
「なら部屋の中の監視類を全てオフれ。ガルルに執務室与えて盗撮してんじゃねぇぞ
変態が」
『お前が来る時点で当然の処置だ』


瞬間、扉が自動で開いた。
広い執務室の中に居るのは立ち上がりこちらを向いているガララ。


「ふん、ノロマなオッサンに成り下がった分だけ頭を使うようになったな?」

無遠慮に進む先のガララの表情は笑っている。
だが眼は笑っていない。

「この位はお前の兄なら当然と思え。血は同じだ」
「寒気のする台詞をどうも。その血を全部抜いて献血に貢献しろ」
「やってみればいいだろう?」
「んな暇があるように見えるなら
即座に裸でマグマに飛び込め。…さて」


カツン、とが止まる。
まだ距離はある。これが互いの射程距離だろう。


 


「お遊びにしては度が過ぎるぞガララ大佐。諜報略奪部隊長として命ずる。何がしたかったのか説明頂こうか」


 


先ほどの小型銃を構える
秘密裏の諜略部隊の隊長まで出動させたのだ。


「なお貴殿に黙秘の権限など無い。黙るようならそのまま
『処刑』に移項するつもりだ」


当然『お遊び』で済む話ではない。


「ふむ、色んな権限を持っていると便利だな?」
【返答は無し】と受け取るぞ」
「なら逆に問う。何故分かっていながら乗ってきたのかな?隊長殿」

ガルルは話に付いていけない。『お遊び』とは一体何のことかも分からない。
ただ、とにかく
大災害を引き起こすなと祈るしかない。


「んなの、兄者の方が分かってんだろ?」
「あぁ、良く分かった。どうあっても出征許可など降りない諜報略奪部隊の隊長は
『この餌』だけには食いつくことがね」
「…そうだ」


ビン、と空気が張り詰めた。


「お前をぶちのめす口実があれば何処でも出て行くさ」

 

 

 

 

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