ガルルの血圧上昇やら、タルル・トロロの疲労やら。
ようやく部屋の空気が緩和した頃。
「ぁら、いらっしゃったわね」
「だぁねぇ…」
軍内のアチコチから女性達の黄色い声が上がる。
やはり兄妹。と同じく外見は抜群に良いのだ。
ガルルの前に『ケロン軍男性アンケート・抱きたい抱かれたい男No.1!』の初代殿堂入りも果たし、と同じくファンクラブもある。
だが場所が遠方なのと仕事が忙しく滅多に本部には戻れない。
だから通常で本部に戻るガララを見れるのはレアなのだ。
「ヤツはアイドルか…」
非常に馬鹿にした口調でが呟く。
とは違い、身形を隠す必要が無いからそのまま来たのだろう。
自分と会う事は損害を考えない戦場のような一騎当千が始まるので上から説教された事もあると言うのに。
「でもガララ大佐は紳士的で素敵よ?逆光の使い手だし、シックで落ち着いた『大人の男性』って感じ」
「えー、プル姐ちょっと毒されてない?シックなのはヤツの髪も軍服も階級の関係で黒ってだけじゃん」
「妹だから分からないだけよぉ。外見はちゃん同様抜群。性格はたまに極端だけどある意味お茶目だしv」
「『お茶目』とか気持ち悪っ!やめてよ鳥肌すっごい出たじゃん!!」
「あのぉ、オイラ達って居ても良いんスか?」
「え?まぁ聞かれて困るなら兄者が追い出すよ。私はセクハラされるのが目に見えてるから出て行くのをお勧めするけどね。さて」
がポチッ★と何かボタンを押した。
瞬間、廊下側に何やら機械音。ボタンにはあからさまにドクロマーク。
嫌な予感がしないはずがない…
「…一応聞くが、何をした?」
「んー?『対ガララ専用防御トラップ』を発動しただけ」
アッサリとサラリと言ってのけたが。
「お前はまた何て事を?!」
「うっさい。これくらい乗り越えて来ないなら私に会う資格も無いね」
「おいトロロ!今すぐ解析と解除を!!」
「ププっ!?課長が作ったナラ絶対エグいデショ?!」
「うん。でもコレは改良じゃなくて私のオリジナルだからすぐ解けるとは思う」
は改良は得意だがオリジナル作品は目を見張る程出来が悪い。トロロでなくてもそれなりに腕が立てば即解除は出来る。
トロロが急いでパソコンで廊下を確認すれば。
やはりと言うべきか、センサーにひっかかれば100%死亡なものばかり。
フラグではなく『確実に死亡』なのがエグイのだ。
「アレ?…コレ、ガララ大佐にしか反応しナイようになっテル…」
「そりゃ全員に反応したら参謀本部が死屍累々だよ?頑張って勉強したもん」
「へー、課長センサーの選り分けシステムが出来るようにナッテたんだ…」
出来の悪さを知っているトロロが妙に感心したところで。
「いいから早くし」
ドゴーン!!!
「……仕留めたか?」
相当嬉しそうなに反して、真っ青になるガルル小隊一同。
音で十分殺傷能力がある何かだと分かる。
相変わらず、遠慮が無い。
「ププッ!?来るヨ!誰か入り口!!」
トロロの言葉に呆然としていたタルルとゾルルが急いで動く。
あれで生きていて尚且つ来たなら化け物としか言いようが無いが、まずは羽交い締めにしなくては。
ガルルも急いでを羽交い締めにしようと動き、プルルは両方に注射器を飛ばせるように構える。
そして。
「随分な挨拶だな大佐殿?」
「あの程度、貴殿には挨拶にもならぬと思っていたが?」
ガララを羽交い締めに向かった二人は鞭で纏めて縛り上げられ、そのまま思い切り叩き付けられ。
ガルルはを止めきれず殴り倒され、プルルの注射器は二人に到達せずに壊された。
1秒掛からずたった二人を相手に。
ガルル小隊全滅のお知らせ。
やはり強いのだ。
この【大佐】と言う生き物は。
「ふぅ。相変わらずそんな格好で任務かい?」
「どんなのでも関係ないじゃん。悪い?」
「いや?でも久し振りにお前の【本来の姿】を見て違和感はあるがね」
「兄者みたくそんな堅苦しい格好でやってられる仕事じゃないから」
挨拶とばかりの一撃をガルル小隊にブチ咬ました二人。
今は半壊状態の課で看護をプルルに任せ、の課長室でデスクを挟んでいた。
「よくも私の目の前で愛しのガルルにアッパー食らわせたな?」
「生憎現段階のケロン軍においてガルル中尉は兄者のモノじゃない。私の護衛官。ソッチこそ勝手にパシりにして…」
「可愛いガルルに会いたくてね。そもそもお前に護衛官自体必要ないだろう?」
強いのだから。
それは兄であるガララが一番良く分かっている。
「表向きは【護衛官】で、本来は私の暴走制御役だってさ」
「お前の暴走制御なんかガルルの力じゃ無理だろう」
「まぁ今のところ私の全勝だけど」
「相変わらず血の気が多いな。いい歳してまだ暴れているのか?」
溜息を付きながら妹を心配するような口ぶりのガララだが。
「私を『この状況』に仕立てたのが誰か分かっていてその口ぶりなら、許さんぞ…」
冷たくが睨みつける。
グランド・スターから軍本部へと。
【軍の財産】と認定され本部へ送られ駕籠の鳥状態。
その全ての引き金を引いたのは。
「怒らせたなら悪かった。今日は殺り合っているほど時間も無い」
目の前にいる、グランド・スター最高責任者である兄のガララなのだ。
カチリと引かれた引き金のせいで、は全てを奪われた状況になっている。
「…で、何があったの?」
一呼吸置いて話を戻す。仕事に私情を挟まないのがこの兄妹のルールだ。
何故ならさっさと仕事を片付けて取り合えず相手より先に殴りたいからだ。
そこだけは迷惑な兄妹ながらにキチンとしている。
「お前の部下からは何か来てないか?」
「普段の『やらかし』ならザクザク来てる。けど兄者の身辺からは来て無い」
「そうか…」
ガララの表情が曇る。
も当然、やらかし程度でわざわざやってくるとは思っていない。
「ウチ(グランド・スター)に寄越している部下のレベルは?」
「少ないけど高い。広いし出入りも激しいから」
「それより上を寄越すことは出来ないか?」
「コッチも人数ギリギリだ。本部を手薄には出来ない。上となるともう私が直接コースになる」
諜略部隊は何もケロン星本部だけで活動している訳ではない。
アチコチに点在する母艦と呼ばれる場所にも少ないながらに向かわせている。
手広すぎるケロン軍に、の部隊人数はあまりにも少ない。だが人数を簡単に増やす事など出来ない。
精鋭アサシン達の体力だからこそ何とか回せている状況だ。
それでも上を寄越せといわれたら、もうしか残っていない。
「なら」
「ん?」
「お前が来てくれ」
「はぃ?」
別れの挨拶なのか、再度激しい爆音が響いたあと。
「ただいま」
「おか、えり…ちゃん…」
あっさり破れた小隊も未熟だが、本当に見境を知らないこの大佐兄妹。
プルルは少し説教でもと思っていたが、口からは出なかった。
の表情が完全に部隊長のモードに入っている。
「えっ、と…ガララ大佐は?」
「戻った。今は殺り合う暇が無い」
まだ横になっているタルルとゾルル。
ソファで口元を押さえているガルル。
はそれに目もくれず、急いでデスクに座りスリープモードから立ち上げた。
「トロロ、あっち行って。気が散る」
「あ…はぃ…」
思わずトロロも敬語になる程、今のは真剣だ。
それに怖くなり急いでプルル達の方に走っていった。
はトロロやクルルより早くキーを叩き、そして課の人間以外の前では使わないインカムで何かやり取りを繰り返す。
端末の数が尋常ではないゴーグルも付け、その間もモニターの数がどんどん増えていく。
どうやら相当状況は良くないようだ。
「…あんナノ、全部把握とか…出来んノ?」
の邪魔にならないようにトロロが小声でプルルに話しかける。
とても自分ではあの速さも情報やり取りも出来ない。
「ちゃんには『軍の全て』の情報が入ってるって噂だもの…」
「けど…あんなに端末付けタラ…」
情報量に脳が押し潰されてしまう。
一般軍人に装着させたら、電源を入れた瞬間に死亡するだろう。
「って〜…いきなり兵長ごと縛るって…化け物スかあの人…」
どうやら起きたのか、タルルが痛む身体を起こしていた。
「あ、タルちゃん。下手に肩打ってるからあまり動かさない方がいいわ。兵長のギミックも…」
「…壊れ、た…右も…少しダメージが、ある…」
「生身の方は全治3日かしら。ギミックは今回はちゃんには頼めそうに無いわ。隊長は…」
「顎から来たから歯が少し折れた程度だ。身体じゃ無い分動けるからマシだが…」
「ガルル…お前が、避けきれん…とはな…」
「チッ、不甲斐無いだけだ」
そう言うとガルルはプッ!と血を吐き出した。
歯茎と折れた歯が口内を傷付け血が中々止まらない。
「ったく……おい!!何をしてくれるんだお前達兄妹は!!」
セクハラするわ、いきなり遠慮無しでボコってくるわ。
何より手違いで巻き込んだくせに謝る事すらしない。
「聞いてるのか!?」
「隊長、どう見ても聞いてないですから」
「今は邪魔しナイ方がイイヨ隊長…下手に邪魔するとバースト起こス。脳みそバーンダシ…」
「チッ、何故あの真面目さを普段から出せんのだアイツは」
ちゃんとすれば【大佐】らしく尊敬をするべき手腕を持っているくせに。
何故か普段が残念すぎる。
「……、ピエロ…」
「なに!?」
「そうか…厄介だな…」
ポツリと一言、突然全く違う言葉を呟いた。
だが何かを納得したようだ。ゴーグルを外し、ようやくいつもの表情で。
や〜っと壊滅的な小隊の方を見た。
「うわっ、悲惨…」
元凶の片割れの癖に『まるで自分は悪くない』と言った感じで、眉間にシワをよせて哀れみの表情を向けてくる。
間違いなく全てを兄のせいにしている。
「ガルル、アンタ自慢の顔にそんな…」
「殴ったのはお前だ!!それより結局ガララ大佐の用件は何だったんだ!?」
意味もなくズタボロにされたのだから、聞く権利くらいあるはずだ。
「ん?あぁ…。どーやら【ピエロ】が出たらしい。兄者にはちょっと向かない相手だ」
『「ピエロ?」』
単語は知っていても、誰も意味は分からなかった。
ガルルでさえ初めて聞いた。
「課長…あの、ピエロって…サーカスとかのスか?」
「そう。ヤバい」
苦い表情でモニターに視線を戻し、煙草に火をつける。
が仕事上でこうも嫌な表情をするのも珍しい事だ。
「何がどうヤバいんだ。ガララ大佐が手におえない等…」
「てか、【ピエロ】ってナンの隠語なワケ?」
「隠語って程でも無いさ。そのままの意味だよ」
の言葉にますます意味が分からなくなるガルル小隊。
その様子にが紫煙を吐きながら答える。
「ピエロ・クラウン・道化師。みんな言い方は違うけど大抵同じなのは分かる?」
「まぁそれくらいは…。だがピエロ程度が何故脅威なんだ?」
ガルルの言葉にが少し笑う。
「ピエロってさ、サーカスで【相当格とレベルが上じゃないと無理】って知ってる?」
「そうなんスか?でもあんなのただの…」
「初心者がやると思ってたでしょ?身体能力が高いなら『技だけ』をやればいい。けどピエロの役目は?」
「そうねぇ…子供を笑わせる、とか?」
プルルの答えにニッと笑う。
「そう。ピエロは身体能力が高い上に『初対面の相手を楽しませる技術』が必要になる。そこに【喋らない】を加えると開演前に会場を暖めるって半端じゃない演技力がいるんだ」
「それがどう関係するんだ?」
「ピエロは『道化』を演じる。確か昔、地球だと王族はお抱えのクラウンを雇うほど重要人物だ。勿論客人を楽しませるのも仕事だけど、メインはそうじゃない」
一口大きく吸って。
「ピエロはある程度馴れ馴れしくても許された。楽しむために客人も許す。道化師だからと客人は気を許して話しちゃうんだよ」
「…なに、を?」
「不平不満をさ。ピエロの本来の目的は『道化を演じて相手から情報を聞き出す事』。そして不満の中に王様への悪口があれば…」
がサッと指で首を切る。
つまり、ピエロは内通者という訳だ。
「と、言うこと。王様に直接意見が出来る『王様だけの側近』なんだ。だけど演技とメイクで全てを隠すから誰がピエロか分からない」
「…それじゃあ…」
「グランド・スターにも何処かのピエロが紛れらしい。目的は分かんないし兄者の勘だがアイツの感は信用は出来る」
「え、って事は軍がって事スか!?」
声を荒げるタルルにが笑う。
「いや、私も知らなかったから軍じゃない。動けば分かる筈だし『大元帥のピエロ』なら私は動かない」
ピエロを抱えている軍人など腐るほどいる。
特に上層部が当たり前のように沢山飼っている。驚異はそのピエロの『出来の良し悪し』。
今のところ、精々ネズミが関の山だ。
「それで…お前はどうするんだ?」
「叩くさ。グランド・スターの重要性は知ってるだろ?部下が掴めないとなると私が直接行かないと手に終えないからな」
「えっ、でもちゃんは星から出られないんじゃ…」
「上がバカならね?【ピエロ】の怖さぐらい知ってるよ。早く消さないと厄介だ」
「ピエロの怖さ…ッスか…」
あまりピンとこないようだが。
「ふむ、簡単に言うわ。『私が敵になって10人忍び込んでいます』って事」
確かにそれは怖すぎる。
と、全員が思ったのは無理もない。