「あ゛〜!!何考えてんだか全くっ!!」
上層部会議招集から戻るなり不機嫌に軍服を脱ぎ捨て椅子に座り天を仰ぐ。
戻るなりコレなので、今日も相当な事があったんだろうと。
部下達が本気で不安そうな表情になる。
●課長、遊びも程ほどに!●
「課長が訓練所の視察、ですか?」
皺が付かないように様に急いでの軍服をハンガーに掛け、コーヒーとお茶請けを出す。
その間もは怒り任せに髪止めやイヤリングも外して投げ捨てる。ちなみにのアクセサリーは全部ブランド物でとても高い。
それを平気でぶっ壊す当たり、相当機嫌悪し。
「そう…」
コーヒーを啜りながら明らかに苛々しているが嫌々口を開いた。
軍会議の後はいつも機嫌が宜しくないが、今日ほど悪いのも珍しい。
「訓練所にいる希望と若さに溢れる未来の有望なケロン軍人達に、絶望と現実を叩き込んで来いだとさ」
苦々しく思い切りチッ!と舌打ちをする。
絶対にそこまでは誰も言ってはいないと思うが…
『今期は全員辞めさせたろか』と物騒極まりない。
定例上層部会議。
本来将官クラスしか呼ばれないそこに、佐官でありながらは毎回呼ばれている。
勿論呼ばれる理由は【特殊軍内諜報侵略部隊長】だからだ。
一応配属は参謀本部だが実際は完全別枠の特殊機関なので出席が義務付けられている。
普段なら部隊で集めた『お仕置き相手リスト』はその人物が所属する部隊の上官にしか報告しないが。
この時は『今回は何処の局や部隊が一番やらかしているか』を全員の前で発表する場でもある。
勿論そこには『様の愛のとっちめ部屋』の人数や厳重注意を与えた者も入っている。
このギロチンに掛けられるような恐ろしい言葉の拷問の数々を、毎回上層部の人間がビクビクしながら聞いている。
総帥達まで出席しているのだから、あまりに成績が悪いとどうなるか分かったものではない。
「…教育総監部の人間がすんごい微妙な顔してた…」
訓練所のある教育総監部に現役軍人を行かせて意欲向上をさせるのはいつもの事だ。
その話題が出て、も『あーもうそんな時期だったかぁ…』なんて自分は全く関係無いので忘れていたが。
何と指名されてしまった。
表情は完璧に『聞いてます』なだが、全く聞いてなかったので流石の名指しには目も覚める。
しかもを推したのは何と参謀総長。
理由は『現在ケロン星において、女性軍人で一番階級が上』だから。
確かに他の上級階級の女性軍人は外に出て行ってしまっている。【必ず軍本部にいる】のはくらいだ。
このいきなりの指名にイラっ!とこない訳がない。【星から出られない】ように缶詰状態に縛り付けているのは目の前の人間たちだ。
しかし軍隊に女性はやはり貴重なのだ。目の保養にもなる。男ばかりのムサい軍は誰もが嫌だ。
と言うわけで、前代未聞の【女性軍人が視察】となってしまった。当然この発言は総長自身の株上げなどには見えている。
先に話していたら絶対に断ると分かっていた参謀総長に完全にやられたのだ。
「…フツーはさー、全部の局長が行った方が子供は喜ぶもんじゃなーい?」
あらかたを話して少しは機嫌が治まったのか、漸くが軍服を仕舞い普段通りの事務員ラフ格好になる。
軍部本指令官である元総帥と参謀総長、衛生局長。
それに加えて教育総監が出れば完璧では無いか。ろくに仕事もせず座ってるだけだし。
「局長達の話など【ただのお偉いさんの超詰まらない話】ですよ?課長も大嫌いじゃないですか」
「みんな聞き飽きてる自慢話を長々と繰り返されるのも苦痛ですしねぇ」
「実際の生の話の方が興味が湧きます。あまり上過ぎても怖くて質問すら出来ませんし」
ブチブチ愚痴るにはっきりと言い切る部下達。
今の会話が上に知られたらさぞかし叱られるだろうが、この課に置いてそんな事は絶対に無い。
何せここは唯一その『お偉いさん達』すら簡単に地獄に落とす力があるのだから。
堂々と悪口言い放題だ。
「それに…課長は引き受けてしまったんですよね?」
の仕事内容を考えると、1日空けている間に大変な事にもなりかねないのだが。
「だって断れない状況じゃん。総長の言い分は間違っちゃいないし。…まぁ、勿論タダじゃ無いけど」
「でしょうね。何を条件に?」
ニッとが笑う。
「嫌がらせに保留分も挙げてやった」
流石に大人数の前で決定されてはも断りにくい。
だがタダでは転ばない。相手が誰であろうと、やられたらやり返す。相手が誰であろうと絶対だ。
だが断ってあからさまに心象を悪くするのも良くないので。
『この場にて突然の指名に少々驚きました。しかし皆様も周知の如く私めの仕事は時間が命です』
軍内でファンクラブが出来る程の知性と気品、そこに有無も言わせぬ笑顔と威圧を込めて。
『総長殿に指名されるなど真に名誉な事。しかしその為に皆様のお時間を少々分けて頂きたく存じます』
畳み掛けてはモニターにあるリストを映した。
そこには名前と写真。その横に所属する局・部隊名、そして罪状が掛かれていた。
『こちらは我が隊にて裁きを掛けるか、軍法会議に掛けるか未だ判断つかぬ者達のリスト。こちらをその1日分だけ皆様にご協力頂きます』
つまり【仕分けして無い分も自分達で責任持ってやれ】と言うことだ。
気品溢れる微笑みでだめ押しまですれば誰も言い返せない。
「課長ぉ…また随分やりましたねぇ」
「それはまた…出席者全員が嫌がったでしょうね…」
「あの顔は一回見ておくといいかもね。殆ど全員泣きそうな顔してた」
仕分けリストに自分の部下がいない者のあの安堵した顔といた者のうんざり顔はハッキリ出ていた。
とにかく量が半端じゃない。1日に何回会議や裁判を開くんだという話だ。
「まさかお手柔らかに【1日分】だけですか?」
「まっさかぁ。溜め込んでた保留分は全部だよ」
に黙って何かをすれば漏れ無くこうなる報復だ。
「アチラさんも私を指名した手前、降ろせないからね。いい気味だったよ」
「でもまた直ぐに溜まるんですよねぇ…」
「手広すぎるんだよケロン軍は。さて、誰を連れていこうかなっ、と」
愚痴を全て吐き出して漸く機嫌が回復したようだ。
「あ、別にその日もいつも通りしっかりと内偵報告してよ?」
「了解です」
「と言うか、課長の指示が無いとこちらも動き辛いのでそうでないと困りますよ」
の指示や許可などが無いと下手に入り込めない場合もある。
それだけ『大佐の階級』は必要不可欠で便利品なのだ。
「どなたをお供に?」
「んー、行くからにはやっぱ楽しくやりたいしぃ…。つーか私の身分をどうしよっかなぁ…」
参謀本部第2部第8課が表面上『何もやっていないと言うか、むしろ何やってんの?』という現実は訓練生でも知っている。
いくら大佐と言ってもそこの課長が行った所で面白い事も無いだろう。
だからと言って本来の部隊の仕事内容を教える訳にもいかない。
色々考えながらカタカタと部隊リストを調べ。
「…うーん、やっぱこの小隊がベストメンバーだよねぇ。当日までに全員呼んどいて?拒否権無いから」
「えっ、小隊って事は5名もですか?課長入れて6名にもなりますよ?」
眉を潜める部下にはニッと笑う。
「問題無いよ。これまた上手くバラけてんだこいつ等」
選ばれたのはガルル小隊。しかも全員。
が人選ミスなど有り得ないと分かっていても6人で乗り込むのはやはり多い。
「ま。これ程ケロン軍の現実を分かりやすく教えられる人選も無いさ♪やるからには楽しむよー!!」
ニコニコしているからは既に苛めオーラが湧き出ている。
また何かしら個人的に面白い事を思いついたのだろう。部下たちが心の中で『ご愁傷様です』と呟いた。
こうして訓練所視察当日。
「やぁやぁ皆様おそろいで♪」
第8課にはとガルル小隊全員が集まっていた。
「大佐…我々を呼んだ理由は確かに分かりましたが…」
眉間に皺を寄せるガルル。
そう、目の前のの格好に頭痛がしていた。
「プー!何で全員な訳!?何でボクがガキ達なんかに時間割かなきゃいけないのサ!!」
「何だよぉ。トロロだってガキだぞー?私の命令だぞー?上官命令なんだから聞きなよねー」
「だって大佐が一番楽しんでるシ!!何その格好!?」
そう、トロロがブツブツ文句を言うのはやはりの格好。
今日はとてもカッチリしているのだが、どう見ても事務員風でもない。
スーツはスーツだが、ガイドさんの帽子とスカーフ。手にはケロン軍の小さな旗まで持っている。
どう見ても観光案内のガイドさんなのだ。
「ねぇ、流石にちゃんも軍服着た方がいいんじゃない?」
確かに進入捜査や隠密活動が主な部隊なので、変装自体はお手の物なのは知っている。
どの場面でも対応出来なければ意味がないのでコスプレの天才。今日はカツラまで被っているので声以外は完全に別人だ。
だがあのトロロでさえ嫌々でもキチンと着ていると言うのに、がこれでは流石に駄目ではないだろうかとプルルも思った。
「参謀局からならボクじゃなくても大佐いるシ!!ボク行きたくナイ!!」
「んな事言ったら私だって行きたくねーもん。黙ってお姉さんに付いてらっしゃい。迷子にならないようにねーv」
「ププー!!大佐ムカツク!大佐ムカツクー!!」
「よしよし、元気があるのは良い事だぞ?…ゾルル」
チラっと目配せをすればゾルルが溜息を付きながらトロロを担ぐ。
いつの間にか喧しいトロロの世話係はゾルルになっていた。ゾルルも文句も言えないので仕方なしにいつもこうだ。
「それではこれより『ガルル小隊御一行様・ケロン軍訓練所視察ツアー』を開始致しまーす☆」
何か、色々と、全部違う…。
がここまで楽しそうにしているのだから絶対に何かが起こる。
全員がそう思ったのは言うまでも無い。
そして五人を引き連れてやってきた教育総監部、総監室。
「大佐…、その格好は一体何事だろうか…」
いつも会う時はキリ!っとビシ!っと決めているのまさかの格好に目を見開いていた。
しかも今日は完全に『別人』。流石に総監も階級章と声を聞くまで誰が何をしに来たのかさっぱり分からなかった。
確かに普段に比べれば断然とビシ!っとしているが…。
まさかいつもこんなふざけた事を平気でしている何て誰も知らないので、驚きが半端ではない。
「ふざけてはおりません。我が部隊については元より極秘。なれば『事務員』という形を取るのがベストと思いまして」
「まぁ…確かにそうかもしれんが…」
だったら事務員の格好で来ればいいのではないのか。『美人ガイド』に変装してくる必要はあったのだろうか…。
どう見てもふざけているようにしか見えないし、実際ふざけているのだが。
気品溢れ聡明な女性軍人の鑑である『あの諜略部隊長の』がまさかこんなふざけたマネをするなど誰も考えない。
その場にいた者達全てがこれは確かに仕方の無い事と、考えを改めてしまった。
そこがの凄いところだ。表での評価の高さがうかがえる。
「引き連れましたはA級侵略部隊。名も腕も階級等、その他訓練生達には良い刺激を与える選抜だと判断し連れて参りました」
勿論嘘だ。
本当は途中から選ぶのが面倒になり適当に身近なガルル小隊にしただけだ。
「だが大佐。わしは今回は君が来るものだと訓練生達に伝えてしまっているのだが…」
の存在は【地獄の日】の生き残りとして伝説となっている。
訓練生の誰もが憧れ、会える時を楽しみにしていたのだ。それがいきなりキャンセルでは…。
その言葉にニコリとが笑う。
「ご心配には及びません。必要な時にはきちんと出ますので」
【だったら最初から出ろよ】と小隊全員が心で思った。
「今の私の格好の事は各教官達には伝えなくて結構です。『私は仕事の都合で遅れる』と言う事にしておいてください」
「ほぉ?『抜き打ち』と言うわけか。大佐らしいな。中々面白い」
総監の表情がニヤっと笑う。
「えぇ。訓練生達が私の存在に緊張していつも通りの行動が取れないのはこちらとて不本意。視察の意味もありませんので」
「あい分かった。ならばその旨を残りの教官達には伝えておこう。あくまで『大佐は遅れて来る』とな。君は部下として代理で来たと」
「よろしくお願い致します」