「まっ、そう言う事なんで。私今日は『ガイドさん』だから視察中は階級は無視してよ?」


フンフ〜ン♪とが五人を引き連れて。

鼻歌交じりに向かっているのはまずは幼年訓練所。


「またアウター同様、階級を隠せという事か…」
「つーかたっ…じゃなくてガイドさん、良く総監があんな簡単に許したスね?」


教育総監部・総監は、流石とも言うべき髭と風貌と
全ての訓練所の鬼教官達が合体したような人物だ。
とりあえずいるだけで怖い。喋ればもっと怖い。
『怒鳴れば気絶させられる』とさえ言われている。
トロロなどまだ怯えていて、ゾルルの肩車にしがみついているというのに。


「んー?だって私の訓練所時代のセンセーだもん。その頃はまだ総監じゃなくて教官だったし」
「マジスか!?あの人現役の時は激鬼で【最終試験で当たったヤツは全員落ちる】って超噂だったスよ!?」
「私受かってるし。ガルルの時も教官としていたでしょ?」

「あぁ。私は当たった事が無いから何とも言えんが、鬼どころか『閻魔』の名を欲しいがままにしていたな」

「話せば結構分かる人だよ?今は大分丸くなったし、頭固ったい上級将官の中では一番私は好きかなぁ」
「って事は、さっきは『昔の教え子と先生の感動の対面』だったのかしら?」
「プッ…あんな鬼ジジィの教え子だからガイド捻くれテルシっ…」
「ビビッてた癖に何を言うか。トロロも本当はこういう所を通ってもっと怖いオジサン達を相手にしなきゃいけなかったんだから」
「ヤダシ!!ホント今日のガイドムカツク!」
「えー?まだ何にも始まってないのに今からそんな脱落宣言しないでよ」


サラっとの本音が出た。

やりたい訳が無いこんな面倒臭くて必要性の無い事など、自分以外も道連れにしなければ気がすまない。
その白羽の矢が見事に
ドスっ!と抜けない程突き刺さったのが、今回のガルル小隊なのだ。


「さて、ウンザリ顔は終わり。君たちは『大佐に認められたA級侵略部隊』と言う名誉ある部隊って、チビ達は思ってんだから」

言葉だけ聴けば確かに誰もが憧れる凄いことなのだが。

の中身がこれだ。
ウンザリするなと言うほうが無理に近い。

















幼年組はまずは基礎体力の訓練を中心だ。
とにかく運動、そして少しだけ勉強。まだまだ将来どこに配属になど以前のチビっ子達だ。

「今日はみんなも良く知っている有名な『ガルル小隊』がみなさんのために来てくれましたよー
♪」

どっかの教育番組のお姉さんみたいな声に子供たちの目がキラキラする。
幼年訓練生達が食い入るように一列に並ぶガルル小隊たちを見つめている。
ガルル小隊も勿論有名なのだ。まさに純粋な憧れの瞳だ。

「参謀本部からトロロ新兵。アサシンからゾルル兵長。軍本部からガルル中尉にタルル上等兵。衛生局からプルル看護長です


の紹介にワー!!キャー!!!と子供たちが歓声を上げながらパチパチ拍手をする。
一方紹介された5人はもの凄く恥ずかしいのと、これからが何を仕掛けてくるのかが怖い。

「今日はお兄さんたちに沢山質問をしてね?みんな優しいから何でも教えてくれるから♪」


 コ レ か !?


一斉に五人が何をされるか分かった。


「それじゃあ良い子のみんな!!突撃だぁあああー!!」
『わぁ〜い!!!!』
「ちなみにアサシンのお兄さんを見つけられた子には素敵なプレゼントがありますから頑張ってね〜!」

ステルス機能で退散しようとしていたゾルルもこれで逃げ道が無くなった。
何せには見えているのだ。チラっと見れば
『ステルスで逃げたらどうなるか分かってる?』と目に書いてある。
逃げようものなら子供たちに
「卑怯なお兄さんがいたぞー!」とか何とか言って更に追い掛け回されるに決まっている。


こうして哀れA級侵略部隊は
子供の波に飲まれて行った。
そして子供たちというものは遠慮を知らない。階級などもまだおぼろげにしか判断など出来ていない。
だから5人は本当にただの
『軍から来たなんか凄い人』という認識しかないのだ。
何とか上手にあやしながら笑顔を貼り付け頑張って相手をする3人。逃げる1人。半泣きが1人。
一番の被害者はトロロだ。力など幼年組より無いのだから群がられて無事で済むはずが無い。ギャーギャー騒いでいる。
だがガイドという形だが、がいる手前で邪険に扱う事など許されない。
大切な未来のケロン軍人をここで『怖い場所』だからと辞められても困るし、そうなった場合にそれを揺すりネタにに何をされるか。

この光景を精一杯笑いを必死に堪えながらが見ていた。
勿論カメラは回っている。
全部OKだ。







「ねぇねぇガイドさん」

クイクイッとスカートを引っ張ったのは女の子だ。
その後ろにも数人子供たちが居る。

「はいどうしました?ゾルル兵長を見つけましたか?」
たいさは、こられないんですか?」

そう、今日のメインは
大佐の視察訪問】であって、五人が子供の攻撃を受ける事ではない。
そのが居ないのだから、やっぱり気になるのだろう。

「大佐は本日急用が入り少々遅れてしまうだけですよ。未来の立派なケロン軍のみなさんの視察を楽しみにしていましたから」
「じゃあちゃんと、きてくれるの!?」
「えぇ、最後に訓練生全員の前での挨拶の時には絶対間に合わせると仰っていましたから。安心してください」
「うん!わかったぁ!!」

こうして残りの子供たちもガルルやタルルに突撃をかましに行った。




 

 

 



「ふぅ…」
大佐、お疲れ様です。総監から聞いておりますから」

スッとお茶を出してくれたのは幼年組の教官だ。
まだ若いがはちゃんと知っている。成績優秀で幼年組の扱いに長けている温和な青年だ。
ガイドから一気に表情がスっと冷たくなる。


「ありがとう。…聞くが幼年組でも既に私の事は知れ渡っているのか?」
「はい。幼いうちから軍に入れば【
死の恐怖】がある事を植えつけておかなければ。怖くて辞める選択は早い方が良いと総監から」
「総監、か…」

その判断は間違いではないだろう。
必ず生き残る保障など無い事を最初から知っていれば、早めに恐怖を知って一般企業で平和に暮す選択肢もある。
幼年組は興味本位や単純な憧れで入る子供も少なくないのだ。


「【地獄の日】の話は必要無いな。テキストで知っているだろうし訓練シミュレーションも出来上がっているのを見た」
「ご覧になられたのですか?」
「生き残りがもう私しかいないからな。再現させるには同席しないと…」

シミュレーションで少しでも実力が上がるならと協力はした。
したが、思い出したくも無いし実際生き残る事に必死で殆ど覚えていなかったのが現状だ。


「ププッ!?お前等ボクのパソコンにっ!!つーか群がるなチビ!!」
「お前だってチビー!!」
『『「チービーっ!!!」』』

幼年組の大合唱の後。

「弱いよこいつ!!やっちゃえー!!」
「プー!!??ゾルル!隊長助けてっ!!!お前等本気でボクヤっちゃうゾ?!」

どうやらトロロの限界が来たようだ。

「ははっ、子供はホントに容赦ないね。そろそろウチの子が参りそうだ」
「まずは体力ですから。トロロ新兵はアウターからのスカウトと聞いておりますし、あの大人数からは勝ち目は無いでしょう」
「ならそろそろ失礼する。子供たちにはしっかり体力を付けておいてくれ。全ての基礎だ」
「承知しました」

キリっとしていたの表情が笑顔に戻る。

「はーいみなさーん!お兄さんたちはそろそろ上級生達の所にも行かなきゃ行けないのでタイムアップですよ〜♪」
『えぇーっ!!??』

の言葉に子供たちの攻撃が止まる。
ガルル小隊と言えば、ゾルルとプルル以外はもはや
完全にズタボロにやられていた。髪も服も滅茶苦茶だ。
確かにやり返したり攻撃など出来ないから防戦一方なのは分かるが、それでも酷い。また笑いがこみ上げてくる。

「それじゃあまた今日の終わりの集会の時に。ケロン軍にはこんなに楽しい人たちが沢山居ますからねー

『ありがとうございましたぁー!!!』

元気な子供たちの声に見送られ、漸くガルル小隊は訓練所内に戻っていった。















「アッハッハッハ!!もぉ駄目!マジでウケルし!!
流石チビでも幼年組だよねぇ」
「全く何なんだ!!コレがしたかったのかお前は!?」


一端休憩を挟んで今は広いサンルーフに来ている。
休憩を挟まなくてはいけないほど、五人が体力を消耗していたからだ。
そしてはさっきのムービーを見て
笑いっぱなし。全く散々と言える。

「酷ぇスよホントに!オイラ達餌にして一人で笑って!!尊敬とか一切無しで掛かってくるように仕向けたスよね!?」
「ププー!!一番はボクだし!!やっぱ今日は本気でムカツクホントにムカツクー!!」

結果的に泣いてしまい、ゾルルにしがみつくトロロをヨシヨシとプルルが落ち着かせる。

「トロちゃん泣かないの。チビッ子でも軍隊の訓練生よ?何もしてないトロちゃんなんか一発で気絶させられる事を忘れちゃ駄目」
「プっ…ボクにはマシンがあるもんネ!!」
「逆に言えば機械が無ければトロロは一般人より弱い。『あんなチビ達』にも
簡単に殺される事を身をもって知っときな」

クスクス笑っているがトロロを見る。

「【ボク天才】は大いに結構。でも幼年組はまだマシだよ?こっから先は妬みも入ってくるからトロロ、怖ぁい思いしかしないだろうから」
「なっ…」

の言葉にビクっと震えるトロロ。

「上級訓練生達は
基礎体力訓練を受けた上でそれぞれの勉強を必死でしてるんだ。それをアウターからのスカウトがA級なんて」
「おい、これ以上怖がらせるな。だからお前が一緒に行くんだろう?」
「まぁね。トロロ分かった?この小隊は全員基礎があってこそのA級。
アンタはマシン有りきのA級。しかも幼いし」
っ!!」

ガルルの制止の声にが苦笑する。


「…って話。軍の人間より訓練生の方がずっと必死で嫉妬や妬みは大きいから。ここで人を馬鹿にするのは慎みなよ」


アウターからのスカウトであるトロロは幼年組程の体力も無い。
機械があってこそA級を発揮する力はあるが、
無ければ死ぬ。
タルルも訓練生時代からのスカウトだが実力を認められてのA級だ。配属の違いはあれど力の差は歴然だ。
そしてプルルも衛生局所属だが、殆どの場合は機動兵と変わらぬ実力で敵と戦う。
参謀本部に配属されているも、元は軍本部所属で隊を率いて戦っていたのだ。


「プライドと命だったら絶対に命を守りな。トロロ、アンタは既に【天才】なんてプライド背負って死ぬ事は許される立場じゃない」

「プッ…な、何ソレ…ボクはっ」
「…、ちょっと来い。プルル、トロロを頼んだ」
「分かりました」
「はいはい行きますよ。全く過保護なお父さんだことで…」




 

 

 

 



こうしてガルルに連れて来られたのは喫煙室。

「本来の目的はこれか?」

煙草を取り出し、自身につけにも火をつける。
一吸いして紫煙を吐き出す。ガルルの視線は厳しくを捉えている。

「ガルル、アンタが甘やかすのは結構だがアレもクルル同等にまでなれる可能性がある。
軍の財産だ」
「だからと言って…いきなりここまで脅す必要が何処にある?あいつも機械の無い自身の無力さは知っている」
「知っていたらさっきの幼年組からの散々な結果は何だ?今まであんな子供たちにも易々と殺される事すら気付かなかったんだぞ?」

「っ…だが…」

「死なれて困る財産にはもっと自身の価値を知っておかせるべきだ。それに、駕籠の鳥になったからには立場を分からせないと」
「どういう意味だ?」

トン、とが灰を落とす。


「逃げることも死ぬことも許されない事だ。どれだけ瀕死になろうとも必ず生き残り軍に尽くさせろ」


の言葉にガルルも黙る。

「いいか、あれはクルル以来の【財産】だ。アンタの隊に組み込んでいるのは安全面の意味合いもかなり大きい」
「…戦闘経験が少ないのは…仕方ないだろう」
「だが過信してシミュレーション訓練もやってない。我侭が通用する場所が何処までかをはっきり分からせないと」
「…………」
「命の重さは幼年組の一番幼い子供の方が知っている。トロロの経験値不足はアンタの甘やかしも原因の一つだ」
「…そう、かもな…」
「身近な味方の死を知らないのにあの態度を続ければそのうち軍の誰かに
『間違えて』殺されるだろ。それだけは避けたいからな」

最後の一吸いをして、煙草を揉み消す。

「ガルル、トロロは参謀として配属されているがアレは軍の財産なんだ。
守るのもお前の仕事だと肝に銘じろ
「…分かった。お前がそこまで言うなら軍での反発も相当なのだろうな…」
「実際トロロは随分裁判送りな事をやってる。私にバレないとでも思ってんだか…あと性格も頼むよ。いい子に育てて?」

ポンっとがガルルの肩を叩く。
表情はもう、いつものイタズラ顔だ。

「はぁ…結婚もしていないのに子持ちの気分だ…」
「似たようなもんじゃん。つーかガルルってずっとそうじゃね?クルルがチビの時も」
「嫌な思い出だ。戻るぞ」
「はいはーい。さて、まだ先は長いね」

















二人が戻り再び
『ガルル小隊・訓練所視察ツアー』が再開された。
流石に上級訓練生となれば教室も授業内容も、それぞれが目指す局の内容を中心にとなってくる。


衛生局を目指す訓練生にはプルルが。
最も味方の死に触れる事が多い現実と、戦力として戦う必要性がある事を。


機動兵を目指す訓練生にはタルルが。
何よりも即戦力となり、特攻として一番に前に出て戦う度胸と死を恐れない事を。


アサシンを目指す訓練生にはゾルルが。
ここはもはや会話は必要ない。言葉が無くても感覚で伝わらなければアサシンにはなれない事を。


参謀本部を目指す訓練生にはトロロ、そして
だがトロロは怯え、やはり年上達からもの凄い嫉妬を受けてたじろいでいた。
変わりにが参謀は知略もだが何より大声を必要とすることを。一番に決定して知らせるのに聞こえなくては意味が無い事を。
だがはガイド役。ナメて聞いていなかった者が数人いたので
遠慮無くモニターを爆発させて保健室行きにさせた。


軍本部所属の一流を目指す訓練生にはガルルが。
どれだけの冷静さ、そして自身の鍛錬、隊長となった場合にミッションと味方の命のどちらを取るかの選択の難しさを。


それぞれが、それぞれの経験を元に訓練生達に話して回った。




















「随分良い刺激だったぞ大佐。視察ではなく実際身近に話を聞けて生徒たちも気持ちを入れ替えただろう」

ここは訓練所の一番広い講演堂の控え室。
流石に訓練生全員が入りきる事は出来ずモニター設置だが、すでに全員が集まりあとは最後にが出て行き喋るだけだ。
も式典用の公式軍服に着替え、今は控え室に総監と待機している。


「それは良き事。連れてきた甲斐がありました」

カチャリと用意されていた紅茶を啜る
ガルル小隊は別室で待機だ。

「あいつ等の目を見てみろ。生の話はやはり良いものだ。今までは本当に視察と言っても眺めるだけの意味無しばかりだったからな」
「それでも訓練生たちはスカウトされようと必死でしたでしょう?」
『その時』だけだがな。つまらん輩の見栄ばかりで何の役にも立たん視察だったがこれはいい。今度からはこういう視察にしよう」
「そんなに簡単に決めて宜しいので?本当にスカウト目的の方もいらっしゃるでしょうに」
「取り合えず
【公式視察】はこの制度を導入だ。下手な自慢話は訓練生にも影響が出るから対策を考えてとったんだ」


ニッと笑いながら髭をもてあそぶ総監にが溜息を付く。

もう今は教育総監部・総監と諜略部隊長ではなく、昔の教官と生徒だ。

 

 

「相変わらず…総監になっても変なトコ適当ですよねぇ。なんか私、頭痛いんですけど…」
「総監はつまらんくてなぁ。、お前の悪戯を叩き込んだわしが軟い椅子に座って満足すると思うか?」


そう、このの悪戯や悪知恵は目の前にどっかり座る
鬼総監の直伝技なのだ。
訓練生時代のの悪知恵を毎回毎回、説教ではなく上回る悪戯で叩き潰し、二人はいつの間にか切磋琢磨の状態になり今に至る。
ガルル小隊が今現在、からとんでもない悪戯を食らっている
全ての元凶はこの教育総監のせいでもあったりする。


「悪戯って…。そんなにしてませんけどぉ…私だって大人になったしぃ…」
「嘘付け。さっきは小隊の手前、互いを知らん振りだったが。毎度あの冷静なガルル中尉が怒鳴り散らしておると聞いとるぞ?」
「どっから聞いてんですか?」
「参謀本部じゃ誰でも知っとるわぃ。まぁお前が元気だと言う事が良く分かってわしはいいがな」
「別にいつでも元気ですよ?」
「デスクに付いてからの話だ。お前は血の気が多いし、参謀本部配属になった時は何をしでかすかと心配しておったからな」
「今の仕事じゃ忙しすぎて何かする暇が無いです。諜略部隊長に加えて特刑とかまでやらされるし…」

チラっとが総監を睨む。
特別死刑執行官に任命したのは当然総監も噛んでいる。

「ストレス発散になっとるだろう?捕まえるだけでお前が満足出来るとは思っとらん」
「…まぁ、
そう言う意味では役立ってますけど、気持ちのいい仕事じゃありません」

ムスっとむくれてしまった
その様子に苦笑する総監。

、お前も我が軍の
財産だ。ミッションの為であれ、あんな無茶な戦いぶりを続けられてはとても外に出せん」
「…分かっています…」


自分も同じ事を言ってトロロを軍に縛り付けようとしている。
クルルも同じ理由で財産となっている。
だが二人とは決定的に違う。

血の気の多さが。



「そろそろ時間ですね」
「あぁ。好きなだけ訓練生達を地獄に落として来い」

ケラケラ笑っている総監を見て、
それでいいのか…と、がまた溜息を付く。


「…その性格で良く総監になりましたよね…ケロン軍の七不思議ですよホント…」
「お前と一緒だろう?皆の前ではちゃんとやっとるわい」

 

少しだけの沈黙の後。


「屁理屈ジジィ」
「喧しいわじゃじゃ馬が」





 

















時間となり講堂で総監が前に出る。後ろにはガルル小隊も待機している。
そしてが紹介され、ついに前に出た。
無駄の無い動きに動作。全ての訓練生の瞳が集中する。


「只今総監殿より紹介に預かった参謀本部所属・第2部諜略課課長、だ」

凛とした声に表情。そして堂々とした風貌に気品。
本部でも公式式典以外では滅多に人前に出ないの登場なので、今回は訓練生以外に軍からも見学者も来ているくらいだ。
講堂もシンと静まる。


「今日はA級侵略部隊に一日諸君等へ『視察』ではなく生の現実を聞かせるよう命じた。これが諸君等にとって有意義である事を祈る」

そう、本来の視察はただ『見て回る』だけなのだ。
こんな風に現役軍人からの実体験や生の声を実際に聞いたり質問したり出来る事自体が異例の事でもある。


「流石に訓練所は広すぎて全てを見れたわけではないが、私自身も諸君等の成長に期待している」

その言葉に少しザワつきが起きた。
は今、初めてここに来た事になっている。今まで
【いなかった】のだ。

 

「嘘ではないぞ?少なくとも小隊が居たところには私も居た。自分の眼で見ている」


まさかさっきまでニコニコ笑っていた『ガイドさん』が『大佐』だとは誰も気付かなかったようだ。
動揺の隠せない訓練生達にが少しだけ笑う。


「さてと…。
お偉いさんの話が詰まらんのは百も承知。私も嫌いで訓練生時代は殆ど寝てたか聞いてなかったしな」

 
その言葉にポカンとするのは訓練生たちだ。
大佐であるがこんな風に話をするなど考えられない。


「堅苦しい話が好きな者は総監殿にたっぷり聞かせて貰え。軍の事などテキスト通りだ。質疑応答に変更しよう」

笑いながら突然砕けた口調になる
再びざわつく講堂内。
そして焦るのはガルル達だ。訓練生だけならともかく軍からの見学者も居ると言うのに。
だが総監と言えば
どうせこうなるだろうと予想済みだったようでただ笑いながら話を進める。


「訓練生諸君。大佐はこういう人物だ。遠慮はいらんぞ?軍に入隊しても会えぬ人物だ、聞きたい事は聞いておきたまえ」
「そうだよー。ちょっと難しい立場だから軍の表にもあんまり出ないんだから今しか無いぞー?」


完全に
いつも通りのになってしまっている。
だがこれが良い事なのか悪い事なのか判断も付かない。
やる事なすこと全てが前例が無いのだから止めてもいいのかも分からない。


「…無いのかな?総監殿が怖いから出来ないなら引込んでもらうけど…」
「わしが引込んでどうする。大方憧れの『大佐』がこんな性格で拍子抜けしたのだろう」
「面白くも無い事を自らするのは嫌いなだけです。軍は大きいのだから『こんな大佐』がいてもいいと思いません?」


鬼の教育総監と伝説的な大佐のやり取りに訓練生が全く付いていけていない。
後ろで並んでいる小隊メンバーも
『あーあ…』と言った感じだ。止める気も失せる。
そんな中で一人の訓練生が手を挙げた。


「質問です!!大佐は元は軍本部の方で素晴らしい戦歴の数々を残していると存じております!何故今は参謀本部に?」
「上からの決定だ。あんまり戦場でオイタしたから参謀本部に缶詰状態にされている。つまらんよ」

一人の質問を皮切りに、どんどん手が上がる。

「大佐の勤める諜略課とは一体何をなさっているのですか!?」
「表面上は『何にもしてない』が正解」
「では何故【大佐】という階級にまで?」
「参謀本部で課長は軍階級で言うと大佐か中佐だから。勝手に後から付いてきただけだよ」
「地獄の日の事に付いて教えてください!」
「それは皆の方が良く知っていると思う。訓練シミュレーションも出来上がってるしテキストにも載ってるでしょ?私はあまり覚えてない」
「何故ですか?!あんなに激戦だったと!!」
「生き残るのに必死で殆ど覚えていないんだ。それにあんな事故は二度と起きないようになっているはずだ」
「では残りの生き残りの方は現在どうなさっているのですか!?」
「どちらも私が殺したよ」


衝撃的な言葉に全員が言葉を失う。
そう、生き残ったのはを入れて3人。そして今生きているのはだけ。
その2人をどういう形にしろ
『殺した』のは、紛れも無くなのだ。
その様子にが苦笑しながらスっと手で静止する。

 


「私の事は軍に入隊したとしても係わり合いは無いから質問はいらないよ。インタビューはこれで打ち切りにしよう」

 


そして一呼吸置いて、が口を開く。
表情が変わった。

 

 

 


「最後に大佐らしく真面目な話をしよう。今までの視察された方々はタブー扱いでしなかったようだが私は話さなくてはならないと思うからな」

スっと講壇に上がった時の凛々しい表情に戻る。

「今日の小隊からの話から俄然軍に入隊を志願する者も出たと思うが、それと同時に諸君等にはもう一つの選択肢の大きさも分かったと思う」


  訓練生への二つの選択。


「我が軍は確かに抜きん出た軍事力は持っている。だが入隊したら最後、
命の保障は何処にも無い

静かに、だがキッパリとは言い切った。

 


「訓練所の最終試験よりも軍への入隊試験の方がずっと楽だ。意味は勿論戦力の確保。だが易々と入れる理由を考えて欲しい」

が言いたいことは一つ。



「ケロン軍は手広い。死に行く者が多いからこそ入隊試験が容易い。随時補充が必要だからな」


軍の現実。


「志願理由は人それぞれ。
武器を持ちたい・軍人に憧れる・敵を倒す・侵略したい。それでいい。全く結構だ。私自身も本心から【ケロン軍のため】にと軍に居るわけではない。今現在は特殊な立場に置かれ軍から一生飼い殺しの状態だ。見張られ死ぬ権限すら奪われている。 今日の視察の中にもそう言う可能性を持つ者も数名いたように見えたが、入隊してから嫌気がさして軍から出たいと思っても無駄だ。軍から【財産】と見なされた者はどんな手を使ってでも軍は手放す事は無い。今現在軍にそう言う者は私以外にも何名も居る」


そう、やクルル。
そしてトロロもそうであるように。


「どれだけ強くあろうとも死は突然来る。重傷をおって一生まともに動けなくなる者もいる。侵略一日目で死ぬ者もな」

 

 

  交戦になれば一番に出て行くのは新米達だ。
  その役目は今目の前に居る訓練生たち。

 

 

 

「私のように味方を殺す必要がある者も出るだろう。もしそうなったら躊躇うな。自分が生き残るためならば容赦なく殺せ。私が諸君等の言う【地獄の日】では死んだ同胞を盾や囮に戦っていた。死ねば骸だ。生き残るために使え。例えば私が今【隣に居るものを殺せ】と命じたら、諸君等は友人だろうが知人だろうが親友だろうが関係ない。殺さなくてはならん

 

  自分がそうしたように。

 

「当然命令に背けば罰は下る。自分も上官から殺される覚悟を持て。そして受け入れ殺した者は、その者の全てを背負い必ず生き残れ」

 

 それが同胞殺しの罪の重さ。

 


「入隊後直ぐに辺境の地に送られ生涯を終える者も当然居る。一生星に戻れぬままで死に行く者もいる」


  何処とも分からぬ星で、一生自星の土を踏めぬまま。


【自分に限って】という甘い考えを持つな。通用しないぞそんなもの」

 

誰もが無事でいられることなど、無い。


「ここは【ケロン軍】という名前の【監獄】だ。
自由は無い」


   言いたいことは。 

たった一つ。


「『無事に生涯を暮したい』と思うなら
軍には絶対に入るな。生半可な気持ちで入って後悔しても出ることは出来ないからな」


以上だ。
そう言っては講壇から袖に戻っていった。
























「ふぅ、随分な脅しもいい所だったな」

控え室には、そして総監。

「見てみろ。あんな事実を言う者など誰もおらんかったから皆動揺して席を立てん」


控え室からは外の講堂内が良く見える。
これまでの視察者や演説に来た軍人からは誰もがタブーとして隠してきた事を全て言ったのだ。
訓練生は【暗黙の了解】として、知ってはいても決して口には出さなかった事を事実として突きつけられた。

聞いた事があまりにも重過ぎて誰も口も開けない状況だ。


「総監。文句があるなら
私を指名したウチの総長に言ってください。私には私のやり方があります」
「コレで今年の入隊志願者は激減だろうな。才能の無いものが辞めるのは結構だが有望な者まで辞めたらお前のせいだぞ?」
「それでも入隊するほどの度胸のある者が入るなら大いに結構。大体、毎年入隊人数が多過ぎなんですよ」

「ん?」

「遠慮なく入れるから上も馬鹿みたいに部隊編成して私が大変なんです。優秀な者が欲しいのに…」
「まぁ部隊構成は軍全員を知っているお前が一番の適任者だからな」

部隊編成時もは大いに必要とされるのだ。
バカスカ作るので忙しくて仕方が無い。

「はぁ…どんだけ私を酷使したら気が済むんでしょうね、ウチの軍は。
そろそろ脳みそ爆発しますよホント…」
「財産は使ってなんぼだ。、お前もな」
「そのうち死ぬ…絶対過労死する…」
「死ねんだろうがな。軍の技術で無理やりにでも生かされるオチだ。お前も【
監獄の囚人】だ」
「でしょうね…はぁ、やーだーなーもぉ…」

 


嫌そうに溜息を付き、が式典用軍服からいつもの事務員風に服を変える。

 

  願わくば。

  自分のような者が二度と出ないように。

 

 


「上には
『良い訪問だった』と伝えておくから安心しろ」
「どうせ次の会議で出すんでしょう?上はどうでもいいですよ。煩いのは…」
「お目付け役のガルル中尉か?」
「そんな感じですかねぇ…ではお邪魔しました。どうぞ息災で」
「そーんな簡単にわしは死なんがなぁ?」

ニッと総監がに笑う。

「でしょうね。言ってみただけですよ。失礼します」





こうしては訓練所を後にした。



公式訪問の記録は全て上層部会議で流され、指名した参謀総長を含め全員が真っ青な顔になった。
何事か!?と怒ったところで。

『私なりの訪問でしたが些かご不満でも?』

とサラっと流せば咎めようも無い。
全て現実の事なのだから。
総監と言えばこれ以降、訪問の際はのように現実的な話をしない者は来ないようにと厳しく言い渡した。




  勝手に指名したそっちが悪いんですから?







●●●●●



課長は今日もやりたい放題です。
トロロ中心の苛めになりましたが、結果的に全員被害被ってますし(苦笑)
本当は訓練所でもしっかり現実的な事は話しているし訓練もしていると思いますが、もっとしっかりと!
てゆーか、総監が実は課長のイタズラの師匠だったという