今日も課長デスクにはどっさりと不正事実の報告書。
その中に最近が目を付けている小隊の名前があった。
「ふーむ…コイツ等なぁ…」
さてどうした物か。
●課長、お仕事してます●
仕事が良く出来過ぎる部下が有難いやら辛いやら。
のデスクには毎日『怪しい・おかしい・裏付け有り』と見なされた調査報告書がドッサリ載っている。
その中でも上に挙げるべきか、黙って厳重注意で止めておくか。
それの選抜をするのも諜略課課長のの仕事だ。
上からすれば【細かい部分まで全部持ってこられても手が回らないから、ヤバげじゃなければやっといて☆】との事。
「はぁ…」
椅子に座るたびに毎朝幸せが逃げていく。
【ケロン軍がどれだけの規模を誇っているのか知ってるか?】と、毎朝確実に二桁の書類を見ながら心で愚痴る。
そして【自分をどれだけ信頼仕切っているんだ】とも問い詰めたい。
正直そこまで忠誠は誓ってないんだけどね、というのが本音だ。仕事だからやるだけで。
ある意味この諜略課の人間は何処よりもケロン軍を熟知している。
は軍部関係者なら「まだ童貞かどうか」まで全部知っている。それ知ってどうすん?のレベルから軍崩壊に関わる汚職まで。
しかも全員だ。ケロン軍全員の情報が全て彼女の脳に刻まれている。どうでもいい情報込みで。
「課長、大丈夫ですか?」
毎日誰かが必ずに朝一番の挨拶の次にこの問い掛けをする。
優しい部下にが「愛されているなぁ」と実感出来る瞬間だ。
今日は珍しく二人もいる。
「皆が頑張った時間を無駄には出来ないでしょ?でも偶には外回りやりたいかなぁ」
「課長にやって頂く程難しい案件は残念ながら今のところありません。それに選別は課長しか許されていませんので」
「分かってる。我が侭ゴメンね」
以下、この課に配属されたら最後。引退までほぼ休暇らしいものは無いし、情報漏洩の恐れもあるので他の課に移動も無い。
裏でどれだけ働いても表ではふわふわして『実績など何も無い』ので表立った昇進も無い。
だが実際はデスクにいる事が珍しいくらい外回りの調査ばかりの超ハードワークなのだ。
そして課の人選はアサシンから自身が直々に行う。
この条件でも付いてきてくれる強者揃いなのだから無下には出来ない。
「いっそ人数増やそうかな…」
ポソリと呟いてみる。
「課のですか?課長の目の届かない人数は好ましくは思いませんが…」
「でも皆の負担が減るよ?」
「我等の負担が減っても課長の負担が減るわけではありませんし」
「まぁそうだけど…せめて皆がパッと半休作れるようにならないと身体壊すよ?」
「僕達は全員アサシンから来た者ですよ?課長より身体は相当頑丈に出来ていますから問題ありません」
むしろいくら強いからと言っても一般軍人と変わらないの体調の方が部下は心配なのだ。
毎日キチンと来るし、部下への配慮も忘れない。外回りでは無いにしろの仕事は仕分けだけではない。
そもそも調略課の本来の仕事はケロン軍では【噂】とされているので誰も信じていない。
『自軍専門警察』など軍務規定を守らせるための噂と位置付けられている。
今アサシンから引っこ抜かれたメンバー全員が、のラブコールvで配属されて初めて信じるほどだ。
存在感が有りすぎては確かに仕事がやりにくいし、全てを黙殺していられる人間もいくらアサシンでもそうはいない。
なので、課の人間は相当限られて厳選されている。そう簡単にも増やせない。
正直めっちゃキツい…。
と、愚痴て仕事は減らないので。
せめて課内は超ラフで行こうとは『大佐』では無く『課長』。
上下関係など全く気にしないので、『さんw』が一番良かったのだが、流石に全員から泣きながら却下されてしまった。
その他、服装も髪型も自由だったり課内にいる間はお菓子や音楽もご自由にどうぞと、出来る限り抜けるところは究極に自由だ。
なので他から見れば【超仲良しで超楽チンな課】と思われている。
参謀本部の新米の配属希望者も毎年一番多い。仕事も表側は何をしてるか分からないふわふわしてる。
そんなユルユルな課に嫌味の1つも言いたい輩も結構多いが課長のは軍階級が大佐だ。
本来の諜略課の仕事を知っている上司たちは文句に行こうとする若い部下達を死ぬ気で止める。
だが止める理由を聞かれても教えられない。存在はあくまで噂でなくてはいけないのだ。まさに板ばさみ。
それに、の機嫌を損ねて根掘り葉堀りを上に挙げられては困るし怖い。
課の人間が誰かも分からない。
扉を開けてもしかいない事なんてザラ。
そんな謎だらけの課なのだ。
「さて、と」
課の事は取り合えず考えても終わりが無い上に、この役職を引き継げる人材も見付からないから捨て置いて。
「この小隊の水増し請求凄いね?」
が今、目を付けている小隊は。
「あぁ、ケロロ小隊ですか。それ以外も調べると経費以外もザクザク出てきますよ。多分トータル合われば解体並かも…」
「此処の参謀は?」
「クルル曹長です」
「はぁ〜ん?そりゃ経費も嵩むわ。了解納得」
は部隊編成の人選に大いに関わっているが、あまりにも軍がバカスカ遠慮なく部隊を作るので取りこぼす事もある。
が選んで入れた人物なら余程が無ければ改ざん報告はしない。
元々『軍本部所属で血の気がもの凄く多い』と知っているし、『参謀本部の課長』としてもが怖いので素直に請求する。
だがこうやって漏れると…
「やらかすねぇクルル。コレ、ガルル小隊も一枚噛んでるな」
「ガルル中尉がですか?とても信じられませんが…」
「愛しの弟君と昔の上官様が可愛いんじゃないのぉ?」
だからショタフラ立つんだよと、バサッと報告書を置いてがニッと笑う。
「確か中尉は今本部に戻ってるはずだ」
「では」
部下が立ち上がる。
「行け」
ピンと張った命令のあと。
折角今日は珍しく部下がいたのにまた一人きりだ。寂しい。
「ったく…忙しいんだからこっちは…」
部下を行かせなくても、お目付け役なので自分の名前を出せば来るが。
もやる事がある。仕分けはまだまだ残っているのだから。
「失礼致します大佐」
軽いノックの後、敬礼をしてガルルが入ってきた。
ここは先ほどの課の部屋では無く隣の課長室。
通称【様の愛のとっちめ部屋】。簡単に言えば取調室だ。
防音防弾。扉が閉まれば以外には内側から扉は絶対開けられない。聞かれてヤバい話はここで行う。
「『部下を使って』呼び出した理由。分かっているな」
「はっ」
静かにが立ち上がり近付く。
戦場でさえ気を使い笑顔でいた彼女とは全く違い、刺すように痛い視線がガルルに襲う。
勿論この呼び出しはの護衛でもストレス発散でもなく『特殊軍内諜略部隊長』としてだ。
ピンと空気が張り詰める。
ガルルと言えば【コッチ】で呼び出された事は当然無い。
だがの護衛役になった事でこの部屋に入れば最後、『衛生局送り』と言う噂は知っている。
想像では吐かせるためのあらゆる拷問器具でも待ち受けているかと思っていたがそう言うものは無い。
来客用デスクに奥には仕事用デスク。とても簡素だ。
ガルルには心当たりが1つ。
流石に緊張する。
「【諜略部隊】に呼び出された理由に心当たりは?」
ある。
だがどう答えていいか分からない。
しかし裏付け無くしてここが課では無く部隊として動く事は絶対に無い。
「返事が無いぞ中尉。ここには貴殿しか居ないはずだが」
「は、はい…」
これが本来の【】なのだろうか。
いつも悪戯を考える無邪気さなどは一切無く、無表情に温度の無い口調。
ガルルは改めて異例の特進は名ばかりでは無い事を思い知らされた。
「ガルル中尉」
「………」
「………。はぁ、あーもぉいいよ座ってソッチ。ホント面倒臭いなぁガルルは」
突然がいつもの口調に戻った。
そして態度も表情いつも通り。シッシと来客ソファに座れと指示している。
あまりの緊張から、ガルルはついていけない。
「ほーらぁ!!さっさと動く!」
「は、はい!」
敬礼の後、失礼しますと機嫌の悪いの対面に座る。
「ったく、まだ緊張してんの?あ、煙草吸いたかったら勝手にどーぞー」
カタカタとモニターに凄い早さで何かを打ち込む。
ちなみにこっちは既に煙草を吸っている。
「大佐…?」
「一応さっきのが【部隊長の時の顔】。つーか付き慣れないなら嘘付かない。黙秘もね。『心当たりありまくり』って態度出過ぎ」
生真面目が完全に裏に出ている。
嘘が付けないから黙秘に行こうとしたのだろうが、からすれば分かり易すぎる。
「コッチはどんだけ違犯者を締め上げてると思ってんの?はいさっさとリラックスしてコレ見て」
ポンと映し出されたのは、以前ガルル小隊から提出された内偵鑑査結果とケロロ小隊からの報告書だ。
まさに血の気が引く。
「ケロロ小隊は侵略レベルと経費請求額が異常でね。ガルル小隊の内偵鑑査結果と合わせれば尚更食い違う」
これだ。
まさか自分の小隊の事までバレていたとは。
「この鑑査が正しいならまだ見逃したけど、他の小隊の行った内定鑑査結果で水増しされてちゃ流石に厳しい。仲が良いのは結構だけど内々で評価の馴れ合いとなると内偵かすらも怪しいし今後一切地球周辺には近付けさせられないけど」
ガルルは冷や汗以外が何も出ない。
部下の失態=隊長の失態。
しかも今回の事は下手をすれば小隊解散もありえる。
「おーいガルル聞いてる?」
勿論聞いているが、返事が出来ないのだ。
「冷や汗すっげ…。取り合えず水分取ろうか。コーヒーでいい?」
あくまでいつも通りのを恐ろしく感じる。
普段なら軍部会議でも自分に不利な事は無いし、後ろめたい事は無いから胸を張って発言できるが。
ココは軍内なのに空気が全く違う。
これが警察に捕まった犯罪者の気持ちなのだろうか。
「『ゲロモンの悪夢』でも怯えるんだね?余裕の無いガルルってレアだわ。RECって売れば超売れそう」
「なっ!?」
慌てるガルルにが苦笑する。
「嘘だよ。この部屋には一切のカメラも盗聴器も無い。電磁系統も外からは無理。私だって違反者にこんな態度取ってたら上から怒られる」
「…そ、う…ですかっ…」
普段の冷静沈着なガルルがここまで取り乱すのも面白い。
だが今日は遊んでいる暇が無いのでもさっさと進める。
さぁコーヒーも出来上がった。
「ガルル、私に罪状を決める権利は無い。サラッと言っちゃってくれる?」
「っ……」
「小隊を思ってるなら『黙秘』は選択ミスだ。それに、上に挙げるかどうかの権利は私が持ってる」
コトリと、まだカチコチに固まっているガルルの前にマグを置き、もまた座る。
「意味は分かるよね?大体辺境地の内偵鑑査の水増し程度で上になんか挙げてたらキリがない。問題はそれじゃない」
そう、問題は金。
「どちらの小隊も『私からの厳重注意』って事で表にも出ない。安心して喋ってよさっさと」
「……。大佐は、それで…宜しいのですか?」
やっと口を開いたかと思えばまた重苦しいとが笑う。
「いいよ?私が注意したいのはケロロ小隊だから」
ほらリラックス!と、がバシバシとガルルの肩を叩く。
ガルルもどう考えてもさっさと喋る事が得策な事も分かってきた。
「…お聞きしても?」
「んー?」
「何故我が小隊の内偵鑑査が虚偽であると?」
「はぁ?実際の地球見れば分かるじゃん」
まぁ確かにそうかもしれない。
誰がどう頑張って贔屓目に見ても、侵略は全く進んでいない。
「数値が全く合って無い上に桁上げだけだなんて手段が初歩過ぎる。トロロの手癖もある。つか子供に改竄とか無茶させちゃダメ」
「はぁ…恐いものですね。【しっかりバレ無いように】と命令したはずでしたが」
ようやくガルルの肩から力が抜け、コーヒーに口をつける。
「ゲホ!?」
「さっさと喋らないからお仕置き」
マグの口には信じられないほどの激辛ソースで、コーヒーは吐き出したいほどの激甘だ。
勿論無臭なのでガルルは何も疑わずに飲んでしまった。いつものだったら絶対警戒して出されても飲まないのに。
これを飲み干せば確かに『衛生局送り』だろう。
「本部はバッチリ信じてるから安心しなよ。でもクルルをマークしてたらガルル小隊の下手な虚偽報告書。こりゃバレるって」
「だっ、だいざっ、ごほっ!…っいづもっごのようなっ、じごどを?」
何ともいえない口内攻撃を受けて、ガルルの声が若干おかしい。
というか、正直全く喋れてない。咽まくりだ。鼻から出てるかもしれない。
流石はと思わされる嫌がらせだ。
「まぁねー。前線とは違う意味でキツいっしょ?特にガルルみたいな模範軍人には」
笑いながら武士の情けだ、と牛乳を差し出す。
水だと辛さが二乗するので牛乳が一番だ。
昔水を飲ませてみたら涙を流しながら相手が悶絶して、取調べが終わる前に衛生局行きになった事があるのでそれ以来しない。
差し出された牛乳を一気飲みして、ようやくガルルが落ち着いた。