思い出と記憶の違いは何か。


 



思い出は全てを記憶しているが。

 


記憶は全てを思い出せない。






Despair Worrying Producer\






 



もう直ぐ【ジグソウ】が使える。
それまでの12分を無駄な時間にしない為に基地内を飛び回った。使えそうな場所も確認した。
そして今、キララが超空間ゲートを使いクルルの眠る保健室前でプルルに言われた一言が。

  「きーたーなーいー…」
  「うーるーさーいー…」

好きで汚れた訳じゃないのに。
だが汚いのは自分でも良く分かっている。


「全くもぉ、たった10分程度で何をしたらそんなに汚くなるのよ?」

これでもかと嫌な顔をしたプルルからケロボールで完全殺菌され、漸くキララが保健室に入る。
ついでに頑固な謎の汚れも落として貰った。だがシャツとショートパンツは汚れが落ちなかった。

「知らねーよ。この眠れるカレーの国の王子に聞けよ…」

部屋の中には既にガルルが壁を背凭れに待機しており。
ケロボールにより中を改造された保健室の中央診察台にはクルルが眠っていた。

「キララお前…汚いな…」

静かに哀れなガルルの声色と表情に、流石に2回目のこのコメントにはプチっと来た。

「煩い!汚いのはこの基地で私は『汚された』の!!ったく、このシャツ気に入ってたのにカレーの染みとか超萎えるし馬鹿じゃねぇの?!あとで掃除だ掃除!!ケロボールで基地内全部掃除する!!!」
「落ち着け!悪かった!!」
「星に戻ったらこいつ等の給料差っ引いて新しい服買いに行く!絶対行く!ったくこれだから男所帯は!!」

あまりの怒りにキララがガンッ!と診察台をブチ蹴る。
何せ全ては目の前でスヤスヤ眠っているクルルのせいだ。

眠らせたのはキララの指示だが、【自分が一番】なキララには『何を暢気に眠てんだこのヤロウ』と、見ていて余計に腹が立ってくるらしい。

「おいキララ!流石に蹴飛ばす場所は他にしろ!!」
「良いんだよ診察台だから!!終わったら本人ボッコボコにしてやるし!!!」
「ねぇキララちゃん、買い物だったら私も一緒に良い?今度星に帰った時に。最近ショッピング行って無いのよぉ」
「オーケーぜってー行こうぜ!?他人の金使ってのショッピングだ。散財してやるっつーの!!コレ決定ね!」

もう一発ガンッ!!と蹴りを入れるキララ。こうなったらもう止まらない。
今のガルルに出来る事は、精々ケロロ小隊全員を『哀れだな…』と思う事くらいだ。取り敢えず守ったり庇ったりするつもりは全く無い。
キララの気分を害せば本人曰く【可愛い悪戯】と言う名の、誰がどう見てもどう考えても【抹殺しようとしているとしか思えない事】を素敵な笑顔で仕掛けてくる。
勿論本当に殺すなんて事は流石にしないが『全力を出してギリギリで生き残れる』と言う、完全に相手の能力をリサーチ済みな強烈な悪戯だ。
毎回手を変え品を変え、何をされるか分かったものではない。給料を引かれるだけで済むなんて本当に優しい可愛い嫌がらせだ。

ガルル小隊一同から見れば金で解決するなら悪戯にも入らない。


「ガルルもだかんね!?荷物持ち!!上に掛け合って私の休暇を丸一日取っといて!!」
「その前にお前はコレが終わったら仕事が大量に残ってるだろうが…」

「煩いな!?思い出させんな!過労死されてーのか!?」

「あーもー、分かったから落ち着け。とにかく服を変えろ。見るに耐えん」

ガルルの言葉にガン!ゴン!!とヤケクソに蹴っ飛ばしていたキララが、それもそうだと、階級章を押して服装を変える。
何だか良く分からない、本当に謎の黒い汚れや目の前で眠る男のカレーによってお気に入りのシャツは汚されるし。
自分はやりたくも無いのに、まさかの恐ろしいほど汚い場所で作業をして2人から「汚い」と言われるし、キララも相当機嫌が悪い。
取り敢えず診察台に沢山の穴が空いただけで壊れない力加減の蹴りだったので、これは本人の中では軽い八つ当たりのつもりだろう。
本気だったらとっくに基地が灰になって、日向家は突然の地盤沈下に襲われている。

「キララ、使えそうな場所はあったか?」

ムスーっ、としながらも取り敢えず落ち着いたらしいキララ。

 

「あぁ、あったよ。アンゴル族のお嬢さんも良く動いたし、丁度良い具合で休憩に入る。ガルル、あとでメインサーバと他のハードのケーブル接続手伝って。1人じゃ疲れる」
「分かった」

その返事を聞き、キララがスッと肩の力を抜く。

「…よし、やるか」

パンッ!と大きく手を叩き、キララが気持ちを入れ換える。
まだ勝負すら始まっていないのだ。気合いを入れなくては。













「プル姐はクルルのイヤフォンと眼鏡を出して。ガルルは私が星で突っ込んできたゴーグルとラインと工具箱を全部出す。動きながら各自報告」
『了解』

診察台に座り、せめてもの嫌がらせにクルルの鼻を爪先でギリギリと抓りながら、キララが改めて複数のモニターに浮かぶ現状を確かめている。
笑っていられる時間は等に終わっている事は、3人とも分かっている。

「先に私からの報告ね。クルちゃんを強制スリープにしてからの脳波はやその他に変化は無…し、かしら…」
「何で微妙?」
「今キララちゃんが鼻抓んでから変化してるのよ。痛覚は正常。正常なデータが取れなくなるから嫌がらせは止めて頂戴。終わってから存分にでいいでしょ?」
「へーい」

嫌な顔をしながらキララが鼻を離すと、その場所はジンワリと血が滲んでいた。
多分クルルの中では寝起きドッキリで鼻にクワガタを思い切り挟まれた気分と一緒だろう。

「で、問題があるとすればやっぱり体力ね。指示されてから直ぐにスリープモードにしたけどかなりの時間が経ってる。その上今からクルちゃんはスリープモードから【ジグソウ】を開くんだから…。20時間以上経っている状態でそこからオペのとなると、手術の内容や時間にもよるけどクルちゃんの体力じゃ耐え切れないわ」
「ケッ、貧弱もやしが…。解決策は?」

奥で殺菌処置されていたイヤフォンをキララに渡しながらプルルが話す。
それをプラグ接続はしていないが、ゴーグルを付けたキララが受け取り、早速ドライバー等の工具でイヤフォンを開けて確認をする。
このイヤフォンに支障があってはどうにもならないので、キララもかなり慎重だ。

「クルちゃんが貧弱なのは今更どうにもならないわ。スリープモードから【ジグソウ】を開ける事がどのくらい身体や脳に負担になるのか私には分からない。そこで思い切り体力を削られていたらどんなオペでも『今すぐ』は無理。今頃医療チームが必死に対策打ってると願うしかないわ」
「成る程ね。【ジグソウ】なんていっつも開きっ放しだからそんなもん調べた事無いしなぁ…。まぁソコは本職達に任せるか。次」
「俺からだ。医療ドッグの到着はあと1時間ほどだが、オペ開始にはそれから最低2〜3時間は見積もれとの話だ」
「理由」

ガルルの口調は重い。
キララの視線はヘッドフォンのままだ。

「術式工程がまだ全て組上がっていないそうだ」
「工程も何も、三半規管のパーツ入れ換えだけにそんなに複雑な工程はいらない筈だ。確かに長い間3のままだしクルルが【ジグソウ】を改造していないと言い切れないし、他の破損部も損傷はあったが、それでも通常通りで行ける」
「そうも行かないらしい。それに予備パーツは長時間保存出来る物でも無いそうで、5が出来上がった時点で等の昔に破棄したそうだ」
「だがココに到着するまでに出来上がらなかったのは相当遅い。『作りが違うから』と言う言い訳など通用せん」
「それは技師達に言ってくれ。あと…」

ガルルの口が止まる。
キララはガルルを見ない。ヘッドフォンの中身をパソコンプラグに繋ぎながら内蔵データの最終チェックだ。


   「『本人承諾』か?それともまさか私にさっさと『術式工程を組め』と言われたか?」


手術に本人承諾は当たり前だ。
特に【ジグソウ】の場合は死と隣り合わせ。新しいパーツを開発すればそれを試したい技師も多い。
なので尚更必要とされる。

「承諾なら私が今ここに居るんだから取りに行く事くらい向こうも分かる筈だろう。そもそもこの緊急時に『本人承諾』の有無なんか言ってる場合か」

淡々と作業を続けるキララに、ガルルが再度口を開いた。
 

「どちらも、言われた」
「はぁ?じゃあマジで私が術式工程を組むわけ?そっちがプロじゃん。何言ってんの?」
「それに加えて…キララ、やはりお前が1度クルル曹長に接触せんと話にならん」
「そりゃそのつもりで来たからな。まだ有るのか?」
「今回の【ジグソウ】の破壊は極めて突発的に起こった。術中に他の場所が爆破する可能性の有無だ。いっその事、危険な3では無くお前と同じ5に全てを入れ替えた方が安全ではないかという意見もある」
「ハッ…成る程な」

イヤフォンのチェックを終えたキララが鼻で笑う。


「つまり『オペの最中に別箇所が爆発して自分達の安全性が認められんから、私をクルルに潜らせて【オペチームにとって安全な術式工程】を組み上げさせろ』って事だろ?」

 

「…そう、なる…」
「結局【テメーの命が大事】って…堂々と良く言うぜ。私に直接言ってみやがれっつーの」

キララの表情はニっと笑っていた。
【ジグソウ】のオペは何も頭蓋骨を開いて行うわけではない。医師達はミクロイド光線で小さくなって耳、鼻、口等から入って行う。
爆発と言っても極めて小規模だ。だがラインが切れて火花が散る程度でも、目の見えないほどのミクロサイズには大打撃で吹き飛ばされると言う事だ。

「ったく、上級軍医がヤワほざいてんじゃねぇよ。3から5にって、4飛ばししたらソレこそクルルの脳が耐え切れねぇよ。クルルを殺してぇのか」

ガルルはこんな言葉を言いたく無かった。
『術式工程』を治療のプロではなく、何故キララが組まなくてはいけないのか。
医療チームからの返答に口が腐る思いだ。

「…すまん」


  命を掛けるキララは、ジグソウチームの誰よりも階級が上でプライドも知力も度胸も有ると言うのに。
  ジグソウチームからの返答は何と言う臆病な言葉だ。
  結局【キララと言う一個人】の存在を【ジグソウと言う機械】と同等としか見ていない。
  腸が煮えくり返るほどの怒り。そして怒りの対象が同じ軍の上級軍医達という底知れない虚無感。


「ガルル、唇切れるよ。それにお前が謝る事は何も無い。正しく報告をしただけだ」

「……っ」

「お前のプライドが傷付いたのも分かってる。言いたくなかっただろうに良く言ってくれた」

キララがフッとガルルに笑いかける。
コレが【ジグソウと共存する者への現実】だ。

「っだが!あまりにもお前やクルル曹長の命を軽んじた発言だ!!」
「んな事私に言われても…。いいか?マシンは人が使ってなんぼだ。宇宙船で私の隊員も言ってただろ?」

「キララ!」

「【ジグソウ】の存在を知ってる者から見れば、私もクルルも『本体が別場所に有るコピーロボット』って感じかなぁ?まぁ、その程度にしか認識されてないんだよ。動いてる【コッチ】が生身だなんて思われて無い」
「キララちゃん…」
「まー、そんでいーんじゃねーの?だって大多数はそんな事知らないし、普通に【生身の人間】として接してくれる。まぁ深く考えたら鬱んなるから止め止め。…ん、よしオーケー」

ピーッと電子音が鳴り、モニターには【ALL GREAN】の文字。
自己申告通りイヤフォンは壊れてはいない。十分使える。


「イヤフォン無事だわ。問題はやっぱ本体か」

玩びながらキララがカシャン!と、クルルのイヤフォンをプラグ接続モードにして開く。
クルルのイヤフォンやキララのゴーグルは、大量の情報処理を行う為のプラグ接続の際に使うただのサブだ。
本体はあくまで【脳】。
キララがガルルの出した接続プラグから幾つか抜き取りアチコチに接続していく。

「まぁなぁ…しいて言えば『今から突発的部分破壊に合ったver.3とシンクロする私の安全性はどうなるんだ?』って話くらいか。あ、プル姐これモニター繋いで。本人承諾って事でシンクロ内容記録しとかなきゃ後でややこしくなるし」
「分かった。…1番恐いのは、キララちゃんなのにね…」

モニターに接続を終えたプルルがそっとキララを抱きしめる。

辛い。

キララはそう言う割り切りをしていると言うが、本当に出来ている訳が無い。感情豊かなキララがここまで本来の人格を抑え込むようになった事が辛い。
プルルはそれでも一切他に頼らないキララが痛々しい。何もして上げられない自分が悔しく、悲しい。
全ては【ジグソウ】と言うマシンのせいで…

 


「だぁから、深く考えちゃ駄目だってば。こうなっちゃうからさぁ」

今にも泣きそうなプルルにキララがポンポンと背を撫でる。

「だってっ…嫌だもの…。キララちゃんはこんなに頑張ってるのに…。同じ衛生局の上司達がそんな考えだなんて恥ずかしいし、悔しいっ…何も分かって無い癖に!!」

キララにはプルルが本当に悔しくてたまらないのが伝わってくる。ガルルも口には出さないが同じ気持ちだ。
この3人の中で自己を卑下する者は誰もいない。プライドの高さが尋常ではない。自分に誇りを持ち、胸を張って生きている。
キララが誰よりも上手く立ち回るので3人は一緒に居られる。だからそのプライドを崩された時の悔しさも同じように分かる。

ガルルもプルルも、それを表に出した。

だが、キララは出さない。

それはキララにとってプライドを崩されたと思っていないから。この扱いが当たり前となってしまっているから。
それが余計に2人を傷つける。

ずっとキララと行動を共にしてきた。彼女が入隊して、何があって、どう行動を取って。仲間を守るためなら自らの犠牲など厭わない事も。

だから、全てを奪われたキララをこれ以上傷つける者が許せない。


「プル姐、私は大丈夫だ」

悔し涙が浮かんでいるプルル。
そんなプルルをキララは優しく背を撫で続ける。

「ガルルもプル姐もさ、本気で心配やジグソウチームに怒ってくれる。それだけでも私は十分に救われるんだ。【ジグソウ】を埋め込まれてると知った上でこうやって『普通の扱い』をしてくれる」
「当たり前でしょ!?【ジグソウ】が何よ!そんなの知らないわよ!!」
「怒らないでって。それじゃあプル姐、私からのお願い聞いてくれる?」

「なに?」

 

スっと身体を離し、キララが仮面を外した本当の表情でプルルに笑いかける。

 

「早く衛生局のジグソウチームに入って私を助けてくれ。その中で主任になって?」

 

久し振りの、キララの本当の笑顔。信頼の証。


「……意地でも、なってやるわよ…」

それにグッとプルルが涙を拭く。叶えてみせる。


「いつまでも地球でダラダラとケロロ君達のお守をしてるつもりは無いわっ」
「だろうね。それに私は見込みの無い人にこんな事は言わない」
「知ってるわよ。待ってなさい?技師達も全部纏めて私の配下に置いてやるわよ!」
「うん、待ってるよ。…ほら、しっかりしてくれ将来の私のメンテナンス主任!そんな涙脆いと私も恐くてオペなんか頼め無いから」
「近い未来でその言葉、絶対後悔させてやるわよ」

互いにニッと挑発的に笑い合う。もうプルルは大丈夫だ。
もう一度ハグをして離れた。


「私とクルルが死んで困るのは【ジグソウ】に関わった技師と医師だ。今は『ジグソウチーム』っつー裏の肩書きのお陰で堂々と肩で風切って歩いてるけど、弄くる対象の【生きたジグソウ】が居なくなった途端、奴等は『ジグソウを守りきれなかった』って事で上層部から相当な目に合う。懲罰は降格なんてヌルいもんじゃ絶対に済まない。だからアッチも意地でも私達を生かそうと、その点について必死だ。だから私の5で『術式工程』を組んだ方がより確実に上手くいくし、もしやの失敗をしても私のせいになるから安全圏なんだよね」

既にキララは仮面を付けている。もうキララの気持ちは2人には読めない。
平然とした表情で何事も無かったように作業を進めている。

「別にチームの全員の医師や技師が私達を【マシン】としてしか見ていない訳じゃないから。医療ドッグが来てもガルル、お前絶対にキレるな。抑えろ」
「お前でも無いのに味方に攻撃などするかっ」

その言葉にキララがジト目でガルルを見る。

「そうは見えねぇから言ってんだろ?そう思ってんのは一部の下っ端か中途半端にそれぞれの分野の主任に上がれない奴。【ジグソウ】の本当の恐さ分かってねぇのか、コッチが人形扱いされてるのを『気付いて無い』と思ってるお目出度い奴等だけ。向こうもこっちも『持ちつ持たれつ』って事は残りの奴等はちゃんと分かってる筈だ。つーか私も味方に攻撃なんか殆どねぇよ」
「殆どならあるんだろうが!?何を考えてるんだお前は!!」
「【ちょっ〜と標準間違えて当たっちゃっただけ】、と言う理由を付けて故意じゃ無いと言う事を私は主張する」
「誰に当てたんだ!?」
「兄者」

「………」

「しっかり狙って戦車用のミサイルを当てたのに一週間で出て来やがった。バケモンだろアイツ…」

チッ、と渋い顔をしながらキララがイヤフォン同士をラインで繋いでいく。
『バケモノなのはお前もだ』と言いたいが、何とかガルルは堪えた。気付かないところでもこの兄妹は何かと相手を事故死に見せかけて殺そうとしているらしい。

 

「さて、と」


キララがクルルの髪を掻き上げれば、本来有るべき耳が無い。まるで削り取られたようだ。
そして中の配線が剥き出しの状態で良く見える。
これを普段はヘッドフォンで隠しているのだ。


  クルルが睦実に、絶対に見せたくないもの。


「…プル姐、コレをさ、北城睦実は受け入れ切れると思う?」

改めてキララが思う。コレを見た地球人は、恋人の睦実は一体どう思うだろう。

「分からないわ。でも、見せなくて済むなら…クルちゃん、今まで隠してきたんだし…」

外見は地球人と全く同じだ。だからこそ余計に恐怖に襲われるだろう。
『外部欠損』は受け入れるまでも見慣れるまでも、そして差別しなくなるまでどれも時間が掛かる。無理な者には一生無理だ。
これが、ケロンと地球の認識の違い。

「まぁいくら恋人でもこんなの見たら破局の危機だろうな。それでも付き合えたら私、多分北城睦実の頭の中を全部調べると思う」

キララがそこにイヤフォンの片方を装着させる。
カチリと、本来立つ筈の無い音を立てて、手を離しても落ちる事無くイヤフォンは繋がれた。

「ねぇガルル、ジグソウチームから身の保身以外のコメントは無い訳?」
「有るには有るが…『言ってもお前は言うことを聞かんだろう』と向こうが言っていた」
「何よ?気になるじゃん。プル姐、コレ大事に宜しくねー」
「分かったわ。これも無菌状態にして置いておくから」

キララがカチっと片耳の義耳を外し、そこにクルルのもう片方のイヤフォンを装着する。
そしてプルルからボイスレコーダーを受け取り準備は出来た。

「お前を良く知っている技師からだ。『3と5の併用なんぞ無茶をしたらもう二度と義眼は作ってやらん』。だ、そうだ」

溜め息混じりのガルルの言葉にキララが楽しそうに笑う。

「ジッ様だな?ったく、私に『ツンデレ小娘』とか言えねぇじゃん。ツンデレジジィめ」












   
10分経っても出てこなかったら強制終了させてくれ

2人にそう言って部屋から出し、キララが眠るクルルの寝台から降りて椅子に座る。
本当はまだキララの【ジグソウ】を開いて絶対に安全と言えるほど義眼手術から時間は経過していない。
ギリギリの安全ラインは『精々ゴーグルまで』だ。まだそこに接続プラグなどを付けて無事とは言い切れない。
だがクルルの体力の問題が有る。四の五の言っていられない。

「ったく、ホントに義眼が飛び出したらお前のせいだかんな?一緒にジッ様に怒られろよ?」

自嘲気味に少し笑い、ボイスレコーダーのスイッチを入れて静かに眼を閉じる。


「これより【ジグソウver.3プレイヤー・クルル】と【ver.5プレイヤー・キララ】による脳神経シンクロを行う。使用システムはver.3のプラグ補助装置。尚ver.3プレイヤーは両三半規管が破壊されスリープモードの状態、ver.5プレイヤーは義眼手術より22時間36分経過した状態だ。その為、今回は初期神経負荷はver.5プレイヤーが70%とする。ver.3がレム睡眠時脳派となり次第、通常の5050に戻す予定だ。両ジグソウが万全では無いため成功するかどうかは分からないが、1つの貴重な実験として記録しておけ。オペの本人承諾の為、シンクロ成功後の状態は全て外部モニターに記録されるようになっている」


いつもはボイスレコーダーなんか使わない。こんな事を喋る事も無い。
だがキララが用意させた。今回が初めてだ。


「…そーんでぇ。これ聞いてるヤツ、今のが私の遺言にならない事をマジで祈ってろよ?こんな真面目で実験内容喋っただけの遺言嫌だし死ぬ気は無ぇから。データとしてしっかりキッチリ記録してver.6を作る時に役立てろ。あとついでに、私もクルルもぶっ壊れたら本部の【ジグソウ本体】も【ジグソウに関する物全て】を速やかに凍結しろ。私が無理だったらいくらお前達でも直せる代物じゃない。現在個人的にだがトロロ新兵にも埋め込める頭脳を持ち合わせていると思っているがまだ子供だ。彼が【ジグソウ】に耐えられるような脳まで成長したらシステム再開だ。いいか、毎晩夢の中で武装万全の私に追いかけられたくなかったら言う事聞けよ?全て上官命令だ」


そこまで言って、カチっとボイスレコーダーを止めた。
ガルルとプルルを部屋から出したのはこの為だ。こんな事を聞いたら絶対に中止させられてしまう。


   あとでコレを聞いて、笑える過去になりますように


「バッカでー…らしくね」


知らない誰かに何かを願うなんて柄にも無いと、キララが少し笑った。
本当に『死の恐怖』を感じるのはどれだけぶりだろう。

「【ジグソウ3及び5】オープン。両ジグソウ、声紋認証にリトライ」

クルルと自分の頭の中に、静かに電子音が鳴り始める。

「【ジグソウ3】・プレイヤー強制リトライ。新規プレイヤー名・〖キララ〗。シンクロスタート」

上手く書き換えが行けば、クルルと繋がる。













瞳を開ければ、そこは一面何も無い、上も下も感覚を失いそうになる白が広がる世界。

「何とか…繋がったか?」

ここはクルルとキララの【ジグソウ】が作り出すVR(バーチャル・リアリティー)の世界だ。
だがお互いが特に世界にリアリティーも風景も求めていないので、いつも何も無い白の世界。

ただ、クルルのソファーがない。

『何で頭の中で立ちっぱなしだ』と、お互いのソファーは作り出してある筈なのにそれが無い。
それにクルルも見当たらない。

「−っ痛ぁ!?っぐ…やっぱまだシンクロは無理あったか…7割負荷ってキッツー…」

ズキズキと刺すような頭痛が止まない。
クルルがやられたのは三半規管のみ。残りは正常に動いている。
だか深くノンレム睡眠だったので、レム睡眠状態まで起こすまでのタイムラグの為に『初期負荷』を70%で起動したのに。
早くクルルが起きないとキララが危ない。【ジグソウ】へのダメージは部分的なクルルより、満遍なくのキララの方が大きいのだ。

「おいクルル!何処だ!?」

姿形も勿論好きなように変えられるが、そこもまたお互い興味が無いので普通の日常姿で現れる筈だが。
呼んでも現れない。

どう言う事だ?
このVRが開いたと言う事は、クルルは必ずいるのに。


    ―まだ眠っているからクルルのジグソウが上手く開いていないのか?
  だが脳に直接繋げているのだからそれは無い。絶対にどこかに居る。

    ―失敗か?
  だが何がどう失敗なのか分からない。VRは開いてシンクロは成功している。

    ―無理矢理3の方に行き、クルルを引きずり出すか?
  3のプレイヤーも今はキララの筈だ。可能だが、現在の3は突発破壊にあっている。危険すぎる。


「私の70%負担じゃ出たくねぇってか!?ジグソウの中でまで引き篭もってんじゃねぇよ!!」

だがこれ以上のキララの負担はかなり辛い。今現在も若干自分の姿にノイズが混じる。

どうすればいい?一端解除してやり直す?
   

 ―そんな余裕は無い。


「畜生…【ジグソウ】!私の出力を80まで上げろ!!」

瞬間、キララの頭痛が一気に増し、立ち眩みで目の前も揺れている。
これが限界だ。このパーセンテージでどれだけもつか。
もしこれ以上上げると3のデータまでキララに流れ込む事になる。あと1%でもシンクロに力を使えばキララのジグソウのウォールが間に合わない。3と5を仕切りきれず混ざってしまう。
今のキララに余裕など一切無いし、突発破壊されたデータなど流されたらそれこそ自分まで壊れてしまう。
やはり2つを同時に使うのは無理が有る。脳負担が尋常ではない。目が回る。

「クルルッ…」

それでもクルルが現れない。
最悪の状況がキララの頭を過ぎった。

  ≪3のプレイヤーリトライの失敗≫

全てではなくても一部何かが上手くいかなかった。
それなら現状に納得は行く。もしかしたらリトライの際にクルル自身を弾き出してしまったのかもしれない。
だがそれこそ本当に冗談ではない。

「ちょっ、今はマジ笑えねぇ…クルル!!」

声が出る限り、思い切り叫んだ。
このまま続ければキララの死は確実だ。だが、ここで強制解除したらクルルの死が確実だ。
死にたくも、死なせたくも無い。


  「出て来いクルルっ!!!!」


その瞬間。
世界が変わった。

 

 

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