何が欲しくて 何がいらなくて



分からなくなって それすら気付かずに


何処に行ってんだ? 何やってんだ?




もう抜け出せない無限蟻地獄。





Despair Worrying Producer]

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは地球の学校?その屋上だろうか?
何とか3からクルルの記憶データを引きずり出せば、ここはクルルと睦実がコンビを組んだ場所。
見渡して見つけた金髪にグルグル眼鏡。柵にもたれてこっちを見ている。いつも通りニヤニヤとキララを見ながら笑っている。

「いた、なっ…この引き篭もりヤローが…」
「ククッ、まさかの8割負担は恐れ入るぜぇ?万全でも目ぇ回るっつーのによぉ」
「分かってんなら下げるぞ!!」
「勝手にしな。どうせ【俺様のジグソウ】のメインプレイヤーはオメーにリトライされてんだ。オメーの姿がノイズまみれで全っ然見えねぇしな」
「じゃあお前が9で私が1!!」

クルルを見つけたならもうキララが負担する必要は無い。
どう考えてもクルルの方が無事なのだし、現在キララは3と5の両方のメインプレイヤーと言う事も確信できた。
3と5の割合を9:1に変更し、世界が最初の白に戻る。ソファーもあり、いつもの世界だ。
キララの頭痛も消えた。


「っだぁ…これ両方一緒に動かしたら死ぬ以外の何でも無い…」

漸く消えた頭痛に安心して、ボフッとキララがソファーに倒れ込む。
そして速攻で3のプレイヤーをゲストとして引っ張り込んでいる〖クルル〗に変更する。

「待てテメっ!?この割合で俺様をっつってえぇええええ!!!!!!」

何せ負担割合は9:1。3と5を両方使った上で、割合8でキララが死ぬ思いをしたのだ。
一気にクルルに激しい頭痛が襲い掛かるが、今のメインプレイヤーはキララ。自分では割合を変更出来ない。

「ちょっとは苦しめ…探させるなんて何考えてんだボケ死じまえ…」
「馬鹿だろテメェ早く下げろ!痛ぇっつってんだろうがこんのぉぉおおおおおおお!!!」
「あ〜、頭超楽なんですけどー…」
「5:5に戻しやがれっ!!」
「7:3」
「クーッ!!!!6:4だ!!!これ以上は俺様も下がれねぇ!!!」
「ま、いいだろう」

頭を抱えてのた打ち回るクルルに、漸くキララが割合を6:4に設定する。
ゼーゼー言いながらソファに戻るクルルだが、キララもやはり先ほどのジグソウの両方使いでの8割負担のダメージが酷く頭が痛い。
言ってしまえば普段は5なのに16という3倍以上の脳神経負担を負ったのだ。今は4だがそれでも痛い。

  「クソッ、相変わらず最悪な性格しやがって…」
  「お前に言われたかねぇよ…」

3のメインプレイヤーがキララに変わろうが、シンクロを解除すればこのジグソウは【クルルの物】には変わり無い。
ゲストとして自分で使えるし。起きて再びプレイヤーを新規でクルルにリトライすれば全て元通りだ。
【奪う】と言う事だけは、絶対にしない。


何とかお互いの悶絶やらのた打ち回りが落ち着き、2人がソファーでやっと会話できる状態になった。

「…で?ホントにオメーは何しやがんだ。人が寝てんのにブッ殺す気か?つかオメー自身も今かなり無理矢理接続してんだろ。やった事も無ぇ【ジグソウのダブル使い】で、しかも8割まで神経負荷なんてそんなに俺様に会いたかったかぁ?」
「まぁ…『殴りたい』と言う意味では心の底から会いたかった。お前、寝起き悪すぎる…」
「スリープモードにしたのはソッチじゃねぇか。俺様は悪くねぇよ。あと殴られる気は無ぇが鼻がやたら痛ぇのはオメーだろ」

さて、互いを罵っている暇は無い。
キララもさっさと話を進める。

「クルル、自分の状態は把握してるな?」

今現在、クルルのジグソウの何処がどうなって。
周りがどう動いているか。

「あぁ、オメーの【ジグソウ】から読み取った。んでお前の状態もな。さっきので良く死なねぇな?」
「日頃の行いの賜物だろ?てか無駄話してる余裕は無ぇんだよマジで。お前のその体力無さ過ぎ貧弱もやしのせいで。ジグソウチームもうっせーし」
「あぁ、あいつ等な。嫌いだからずっとヴァージョン変えなかったが、折角来るなら俺様も最新型にするかぁ?」

ククーッ!と余裕に笑っているクルル。
時間が無い事はちゃんと分かっている筈なのに。

「3のその状態からは無理だって事くらい分かってんだろ?つかさぁ、北城睦実には何処まで黙ってれば良い訳?つか何で今丁度良く来てんの?イレギュラーな駒は嫌いだ」
「あぁ、3日目だからな。つーかそれを何とかすんのがお前の騎手(プレイヤー)としての腕だろぉ?睦実にゃ全部黙っとけ」

いつも通りの偉そうでムカつくクルルだ。

「まぁ、随分と睦実を苛めてくれたみてーだなぁ?」

クルルに前にモニターが現れ、キララの視覚野データを映し出す。
そこに映っているのはキララ視線の、散々罵られている睦実の姿。

「…おい、視覚野どうした?」
「最新型義眼。超綺麗だろ?んで、お前が『黙っとけ』とか言うから全部隠す為にアレコレ排除しようにもお前が絡むから食いついてくるし。私はさっさと消したいのが本音だ。あのタイプは頭が無理なら行動で何かしでかすからな」
「その為に紫がいるじゃねーか。記憶データをザッと見たがまーたウチの小隊は馬鹿やってるみてーだしよぉ。馬鹿だな相変わらず。簡単に乗せられやがって」

飄々としているクルル。
現状が分からないほど愚かでは無いことくらいキララは知っている。時間が経てば経つほど命の危険である事も。
クルルのいつも通り過ぎる様子にキララが気付いた。

  自分と同じだ。
  死ぬのが恐い。だからこそ喋り、気分を紛らわしている。
  だから中々現れなかったのだ。

突然壊れたジグソウ。そして突然眠らされたので状況判断も出来ない。
  それが一体どれだけの恐怖だっただろう。
現れなかったのは、その間ずっとキララのデータを読んで状況を確認していたのだ。
  自分はまだ、生きられるのか、もう壊れたのか。



「…クルル、もう見得張るな。死ぬぞ」
「オメーもな…」

シン、と少し沈黙が流れる。
分かっている。シンクロしているから余計にお互いが分かる。
【ジグソウが破壊される】と言う事は、同時に自分達の【死】でもある。
それは、確実に2人に近付いている。

「お前、死にたく無いだろ?恋人ともアンゴル族のお嬢さんとも話した。心底お前の心配をしてる。そしてお前も2人がいるから死にたく無いと思ってるが」
「…【ジグソウ】が壊れた時、『死んだ』と思ったぜ…」
「それでもメッセで『睦実に黙ってろ』って書いたのは、生きたいからじゃねーの?死んでも【ジグソウ】の事さえ隠しておけば良かったのか?そこハッキリしろ」
「…………」

クルルが口を閉じる。
だがキララは構わず続ける。

「私から幾つかデータ読み取ったなら分かるだろ?私はお前の巻き添え事故で死ぬ気は無い。正直さっきの3と5の併用でかなり疲れたからお前が死んでも【ジグソウの破壊原因】さえ分かればいいと思ってる」
「クッ…相変わらず切り捨て早ぇな…」
「当然だろ?私を誰だと思ってんだ」

いかに早く正確な取捨選択をするか。それも最強裏部隊を率いる隊長としてキララには必要とされる力だ。
誰を殺して、誰を生かして、どういう損得が発生するか。
勿論【クルルを死なせてはいけない】と言う事は分かっている。だが稀に見るクルルの決断力の遅さがキララの苛立ちに拍車をかける。
一言きちんと言って貰わなければ。

「本音の通りやれたら楽だけどそうもいかねぇのが現実。あのなぁ、今は本当に全く余裕が無い。私が今の状態で接続プラグ繋げてるっつーのでもっと焦ろ。で、ほっとけばお前の体力じゃオペに耐えきれなくなって死ぬ。死にたきゃ勝手に死ね。【ジグソウ】だけ回収する。今私達はお前を【生かす前提】で全力で動いてる。でも生きるとなると私の死ぬリスクが上がる。だから生きたいならちゃんと言え。じゃねーとやる気でない」
「『本人承諾』どうすんだよ…」
「外部接続してっから全部記録されてんだよ。だから……あーもー面倒臭ぇなぁ。さっさと『生きるか死ぬか』、決めろ」

別に口に出さなくても読み取ってクルルには伝わっている。
だがキララはあえて全部言った。さっさとして欲しい。
もう2分程度が限界だ。かなりキツイ。

「……睦実は…」
「知るかよ。変に根性あってお前が心配で帰ろうとしないし。だから医療ドッグが来た時に何かしそうで嫌なんだ」

キララの言葉に、クルルがニっと笑う。睦実なら何かするだろう。
この何も分からない状況下で、簡単に引き下がるような奴じゃない。
もし、何もせずに引き下がるなら…

「オイ、医療ドッグが来た時に睦実が動いたら何かやらせろ」
「はぁ?まさか中に入れろとか無茶言う気?」
「ちげーよ。あんな大型の医療ドッグはフツーに他の敵性宇宙人から攻撃される。紫を護衛に使うつもりなんだろ?だったら睦実も手伝わせろ。頭が足りなきゃ身体使えってな」
「……。自発的に動かなかったら?」
「ブッ殺して構わねぇぜ。検体にでも好きに使え」

ククー!とニヤ付き笑うクルル。
もし睦実が動かなかったら、自分達はコレで終わりだ。

「ハッ、恋人が自分の為に動くか楽しみだな?性格悪ぃの」
「オメーに言われたかねぇよ。で、『俺様を直せ』っつったらキララ、オメーもギリギリで済まねぇぜ?」

ジグソウの3と5の併用。
さっきのシンクロで十分分かっている。ギリギリなんて生易しいものではない。
だが。

「『直せ』って事は【生きたい】んだろ?仕事だしやるさ。すんごいやりたくねーけど。私のver.5を主体に何とかバランスとってやってやる」
「出来んのかよ?」

クッとクルルが挑発する。
それにキララも挑発で返す。

「私をナメんなよ?二度も同じ失敗する奴に【ジグソウ】が扱えるか。秘密基地の全てのサーバを乗っ取ってやるからお前はダーリンが動いてくれるのを心から祈ってな。目の前で破局したら笑いまくってやる」

こんなもの全てキララの見栄だ。
結局はやってみなくては分からない。

「クッ、なら俺様のデータも全部持ってけ。ま、どうせ勝手に見るつもりだっただろうが許可が合った方が心苦しくねぇだろ?ただ見てもいいけど消去はすんな。どんなんでもな」
「エロ系はキレーにデリってやるよ。絶望するぐらい完璧に全部な」

それだけ言うと、キッ!とキララがクルルを真っ直ぐ見る。


「生きるんだな?」
「お前が壊れたら今度は俺様が直してやるぜぇ」
「大きな貸しだ」
「あぁ。頼んだキララ。…けど巻き添え事故りそうだったら直ぐに俺様を【破棄】しろ」
「は〜ぁ?最強のキララ様は【何でも出来る】って知らねーの?じゃあな」

 

さぁ、状況は整った。

 

 

 

 

 

 

 








キララの命令通り10分が経過しガルルとプルルが保健室の中に急いで入る。

「キララ無事か?!」
「キララちゃん!!」

どれだけ静かにしていても中から一切声も音も聞こえない。
2人とも本当に内心生きた心地では無かった。この地獄の10分は一生忘れられなくなりそうだ。

「おい…キララ?」

キララはイヤフォンを接続プラグは外れているが、耳に付けたまま椅子から動かない。
2人が思いっ切り音を立てて入ってきたにも関わらず一切の反応がない。瞼は開いているが視線は下に向いており、何も見ていない。

 人形が壊れた。

そうとしか言い様の無い姿だ。
ただ、頬を伝う一筋の涙だけが【キララが生きている証明】だと思わせてくれる。

「キ、ラ…」

これが【普通の者】なら急いで揺さぶり意識を戻す。
だが、キララは【普通】では無い。【ジグソウ】と言う超高度科学が生み出したものを脳に埋め込んでいる。
この状態で下手に動かせばキララごと壊れる可能性が高い。

「……死にたくねーよなぁ…」

「えっ?何?」

ポツリと一言、何とか聞き取れた。
キララは一度瞳を閉じると、切り替わったように動き出した。

「キララ…?」
「何を突っ立ってる2人とも。立ってるだけなら子供でも出来るぞ」

イヤフォンも外し、外部モニターの確認に視線を移す。ただ、表情だけは氷のように固く冷たい。
この仮面は最強部隊の隊長としての仮面だ。だがそれよりももっと硬い仮面に思える。
今まで立場上そう2人の前で振舞うことはあっても、突然理由も言わずにこんな表情や言葉遣いをするなど今まで無かった事だ。


「プルル看護長、私の義耳を返せ。そして急いで衛生ドッグに繋げ。ガルル中尉、さっき買ってきた水を出せ。やはり3と5の併用はかなりキツい。今は熱が溜まって【ジグソウ】が重くて仕方ない」
「…キララ、ちゃん?」
「動け」
『っ了解』

キララは上官だ。命令には直ちに従う。それに、全く見たことが無い表情では無い。

だが意味も分からず自分達に向けられた事は無かった。だから戸惑う。
キララはそんな2人などお構い無しに、プルルからの義耳を奪うように付け、ガルルが次元空間から取り出す水を頭から被る。

冷えていた水は床に落ちる頃にはぬるま湯に変わっていた。
乱暴だが、本来【大佐】という立場としては取ってもおかしくない行動では有る。他の上級佐官にも今のキララのような乱暴な行動が当たり前の者も随分多い。

「ドッグはまだか?タオルをくれ。あと、北城睦実も必要になった」
「え、睦実くんが?」
「手を動かせ」
「っごめんなさい。ドッグはもう直ぐ…隊長、タオルは棚に…」
「あぁ…」

流石にクルルには掛からないようにしているが、髪や服から滴る水などお構い無しで、ずぶ濡れの髪を掻き上げ椅子に戻る。
やはり表情は冷たく視線もキツいままだ。感情が全く読み取れない。
濡れた手のままでの作業は漏電する。

ガルルからタオルを数枚受け取り、キララがクルルイヤフォンをタオルで包みながら外していたら。

  「繋がったわ…」

モニターにはジグソウチームのオペ主任と義肢主任。

まだ1日と経っていない顔合わせだ。キララが椅子に腰を掛け足を組む。


【キララ大佐、ご苦労様です】

両主任が敬礼をするが、キララがいつもと全く違う事に少し戸惑っている。
特にオペ主任の方だ。オペチームは大抵いつも麻酔が効いた状態のキララしか見ていない。
キララの世話の全てを老技師に丸投げしていたので、昔と全く違う態度にどう口を聞いていいのか判断が付かない。

「挨拶はいい。とにかく急いで来い」
【只今全速で向かっております。コレばかりは…】

大量の医療機器に電子機器、精密機器を乗せた大型ドッグなのだ。
小さな隕石程度でもぶつかって揺れたら、それだけで大惨事になる。

【…ふむ、ずぶ濡れと言うことは、やはりわしの言う事は聞かんかったようじゃのぉ】
「引き篭もりとシンクロするには仕方ないだろう。酷い目に合ったがな」

老技師が心配そうにキララに話し掛ける。オペ主任はそろそろキララが怖くて口が開けないようだ。

「シンクロデータを送る。『本人承諾』も記録されているからそれで問題は無いだろう。ver.3は何処もクルルが弄った形跡は無い。オペは通常通り可能だ。私の術式行程などいらん。お前達に任せる」
【り、了解です!!】
「ガルル中尉によればパーツの出来が間に合っていないようだが?」
【三半規管部位は中々細かいのです。見たところ爆破の際に破片が他の神経コードも巻き込んでおり破損も見つかっておるので急いで作ってはおりますが】
「そうか。あと追加で義眼も入れ換えろ。少しガタが出ている。クルル自身がお前達を良く思っていないから、今回のオペはver.3のままで外部義肢の総入れ替えだと思って望め」
【「ハッ!」】

ドッグに送られてきたシンクロ結果のデータを急いでジグソウチームに配る。
キララの言葉には一切の温度が抜け落ちている。しかも故意に落としている訳でもない。敵意すら感じる。
ガルルもプルルも怖く感じる程だ。


【キララ大佐…】
「ジグソウチーム全員に宣告する」

あまりの態度に老技師が言葉を掛けるが、キララはそれを遮る。

「お前達は上級軍医の階級に見合った仕事をしろ。爆発や死を恐れるなら今すぐ軍から去れ。戦場の方が余程危険だ。この程度も恐れるほど腑抜けたならば存在の価値は無い。技師達もだ。己の作るパーツに欠片でも自信が無ければ去ね。私達【ジグソウ】は新作義肢パーツの試し用人形では無い」


  誰も口を開けない。
  聞こえるのは電子機器達が動く音だけ。


「【私達】と【お前達】の関係性を勘違いしている者がいる事くらい知っている。それが誰なのかもな。正直目障り極まりない。クルルはともかく私にも陰口が聞えぬとでも思っているような目出度い阿呆に治療などされたくも無い。これからの余生を無難に生きていたいなら、私が星に帰るまでにジグソウチームから消える事だ」

話は終わりだとでも言うように、キララはイヤフォンを開けて中身を弄り出した。
キララの言葉はとても重い。
だが機嫌が悪いから言っている訳でも無い。お互いが一生続く付き合いなのだ。
正しく膿を排除する為には、いつかは必要な行為だ。



  「お前達に殺されるなら、先に私がお前達を殺す」


今までジグソウチームに、キララがここまで辛辣な言葉を言った事は無い。

いつもパーツを壊しては医師や技師達に怒られ逆ギレして怒鳴り合いの繰り返しだった。
だが、どれだけ喧嘩になろうが最後はキララがちゃんと引いていた。それは『直して貰っている』と言う自覚と感謝があったから。
だがそれは長い間に築き上げた信頼関係があってこそだ。膿の広がりはそろそろ我慢が出来ない。
そしてもう1つ、キララ自身が『ある割り切り』をしていたから。

   失敗して死ねば終わり。

そう思っていたから。













「医療ドッグは日向家上空に停泊させろ。そこにクルルを転送させる。以上だ。各員全力で」
【待たんかキララ】

言葉を切ったのは老技師だった。
だがキララの表情は眉1つ動かない。視線も上げない。

「階級名を付けろ。そこまで呆けたか」
【では改めて。キララ大佐、始末したい者はリストを作り再教育の余地を頂きたく。【ジグソウ】に関してはチームに入れる技術者を見付けるのも至難ですので】
「考慮しよう」
【有り難き。クルル曹長の事はこちらも全力を尽くす所存。しかし今の状態でのオペは不可能】
「ならばお前も去れ。問答は時間の無駄だ」

キララは変わらず辛辣な言葉を投げる。これだけの長い付き合いの老技師相手にも関わらず。
【ジグソウ】なんて関係無かった時から、ずっとずっと信頼している相手に対しても…


   【見栄を張るのもえぇ加減にせんかっ!!!】


突然の怒鳴り声が空気を砕く。同時にバリン!と老技師の持っていた湯飲みが叩き割れた。
好々爺な彼が怒鳴る姿など、きっと見た事がある者はこの場に居ない。
それでもキララは視線を上げない。手元の作業を止めない。

【今のお前と同じでメンタルの数値が低すぎる事ぐらい分かっとろうが!何を考えとる!!クルル曹長を殺すつもりか!?】

その言葉に一瞬だけキララの仮面が薄れた。
老技師は見逃さない。そもそも最初から義眼の状態で気付いていた。
ガルルもプルルも動けないままだ。ここまで本気でキララに怒鳴り説教が出来る人物など居ないと思っていた。

「…それを何とかするのが、お前たちの【責任】だ…。私達を生かすのが…」

ほんの微かだが、声色が変わった。
もはやどちらが恐いのか分からないが、取り敢えず口が開けそうに無いオペ主任に代わり老技師が代弁する。

【…怒鳴ってスマンかった…。じゃがここまで不安定では体力云々ではなく入れ替えたパーツから死んでいく。オペなんか出来ん】
「オペをするのはお前じゃない。それに私のメンタルなど今は関係無い」
【シンクロデータにはお前さんのデータも一緒に載っとる。わしでも不可能なことは分かる。茶柱も移動中に一度も立たん。不吉に思えばお前さんはソレじゃし…】
「いらん心配だ。切るぞ」
【隠しても無駄じゃ。お前さんの【ジグソウ】は今かなり損傷が激しい。自己復旧モードに切り替えようが回復が追い付かん程な。ったく、どうせ痛覚ダウンで誤魔化しとるじゃろうが頭が痛いなら素直に横のプルルに言わんか。頭痛薬でも気の持ちようで楽になる】

突然名前を出され、プルルが少しビクつく。
キララは何も言わない。
その様子に老技師も溜め息を付く。

【イヤフォンを何故弄る。クルル曹長のメンタル数値を上げさせられる『誰か』とシンクロ出来るようにする為じゃないのか。ん?】
「…奴を直すと言った限り、私もやるべき事をするだけだ」

視線も言葉の温度も何も変わらない。
だが老技師の言葉にキララの仮面は完全に崩れている。今は虚勢の仮面で何とかしのいでいるだけだ。
新しい湯飲みに緑茶を淹れ、老技師が約1日ぶりにキララに笑う。

【お〜、よーやっと茶柱が立ったわい】

「…………」

【頼むから帰りはお前さんのオペにならんよう、言えるだけでいいから2人にも伝えてやれ。言葉にせんと分からん事は、存外多いもんじゃ】

カチャリ、とキララの手が止まる。

【若いモンへの説教は嫌いじゃがコレは聞いとくれ。…神はおらん】
「…………」
【「お前達を救い賜うぞー」なんてほざく奴は大概一発撃てば怯えて逃げる。頭ぶち抜けば自分も救えずあっけ無く死ぬわい。じゃがな、だからと言って全てが科学に代わる訳でも無し。科学は所詮まやかしの『作り物』じゃ】

  人の心は移り行くもの。
  何を信じて、何を信じなくて。
  だけど全ては選べない。矛盾が生じる。
  それすら飲み込めるのは選ぶつもりが無い者か、最初から自分以外を何も信じていない者だけだ。

【『永遠で有りたいと思う』のを邪魔するのは他人の野暮じゃし、『全能でありたいと願う』のは個人のエゴじゃ。じゃがお前さんの場合は【ジグソウ】がある限り、個人思想は極力無くして貰わんと困る】

  思うだけなら誰にも迷惑は掛けない。
  だがキララは1人では無い。決して1人ではいられない。
  【ジグソウ】と言うシステムに関わっている人数の分だけキララ自身とも少なからず関わっているのだ。
  それでもキララは心を許さず必ず線を引き、周りに一切頼らない。頼られていると思わせているだけで。
  

それがキララのプライド。


「…だからってジッ様の茶柱信仰は全力で認めない」

キララの口調がいつもに戻った。

【おーおー、勝手にせぃ。じゃああと30分程じゃ。オペにはプルル】
「は、はいっ!!」
【お前さん立ち会え。貴重な体験じゃ。ガルル中尉、ドッグの護衛は任せた。1人でしんどいじゃろうが何とか耐え切っとくれ】
「了解!」
「…それ言うの、私の仕事…」
【そりゃ横取りして悪かったのぉキララ大佐殿?】

穏和に笑っていた老技師が、少し悲しげになる。

  【頼む。わしはお前さんが好きじゃ。無茶はせんでくれ】
  「ジッ様の茶柱立ったんだろ?…切るよ」


最後に老技師に少し笑って、キララはモニターを切った。
残るのはキララがイヤフォンを改造する音だけ。

まだガルルもプルルも、どう声を掛けていいのか分からない。

「……ごめん…。あぁでもしてないと、何か辛くてさぁ…」

先に口火を切ったのはキララだ。
微かにヘッドフォンを持つ手も震えている。

「キララちゃん…」
「全部は終わってから話す。クルルの記憶データを見て思ったんだ。『いきなり死ぬ』って、本当に…どれだけ激しい戦場より怖い…。私には、凄く怖かったんだ…」

  訓練生時代の事件の時も、戦場で幾度も瀕死に見回れた時もこんなに怖くはなかった。必ず自分は助かると信じて前線に飛び出していた。
  死んだらそれで終わりだと割り切っていた。
  だがクルルは痛みを感じる事もなく、ただ電気の弾けた音だけで死を見た。


「原因が分からずいきなり死ぬって…なんかさ…」

キララの見たクルルの心境はとても言葉で表せるものでは無かった。
とにかく怖い。
いくら瀕死でも生きている限り【ジグソウ】は働く。だが身体が動かなければ自分の状況を判断は出来ない。
頭だけクリアに動き続ける。あとほんの少しで死ぬ瀕死であっても。壊れているかまだ直るのかも分からない生殺しの状態が延々と続く。気が狂ってしまう。
そんな長時間を過ごした後、結論として突然【分解・破棄】と言われて自分は受け入れられるのか?

想像くらいはしていたが、クルルとのシンクロでそれをリアルに体感した。

キララは戦士だ。到底受け入れられる死に方では無い。今でも戦場こそが死に場所だ。

【ジグソウ】に対して無意識に絶対の信頼をしていたのだと気付かされた。
だからこそ、ジグソウチームに厳しく言いはなった。

   
お前達に殺されてたまるか≫、と。


「クルルは、凄く怖かった…。だから私の記憶データを読んで安全が分かるまで、怖がって出てこなかった。自分がまだ『直るか破棄か』を、ずっとずっと…考えて怯えてた」
「そう。…キララちゃんも凄く怖かったわね。だからクルちゃんの為に、睦実君を呼ぼうと思ったのね」
「あんなに怖いままでオペなんか出来ない…ジッ様に言われなくたって私だって分かってる…」
「うん、優しい子ね。だから大好きよ」

下を向いたままのキララをそっとプルルが撫でる。
きっと抱き締めては泣いてしまう。
今は余裕が無いのだ。中心核で立ち回っているキララの緊張の糸を切ってはいけない。

「上手く…言えなくてごめん…」
「シンクロだもの。流石に気持ちの共有は無理だけど…話そうと思った時でいいから」
「ん…有り難う…」

イヤフォンの蓋を閉じ、漸くキララが顔を上げた。
人一倍他人の感情に敏感で優しいのに、自分にはどうでも良い事ばかりに文句をつけて、大事な事は1人で抱え込み1人で自己完結をしてしまう。

  誰にも頼らない。
  それがキララの、最強裏部隊の隊長まで上り詰めたプライド。

いつも強がり、1人で背負い込んで、仲間を優先してボロボロになっても血を吐きながら戦場へ飛んでいく。
全ては【ジグソウ】と言う蓋がキララの本来の性格を閉じ込めた。
だが先程の様な冷酷な仮面を被り『そういう性格』を作り上げないとキララは潰れてしまう。あまりに仕事内容は残酷だ。

「ホントよぉ?こんなに心配してくれる私と隊長をもっと大事に扱いなさいっ」
「ぁイタッ!?」

突然背後からのグー。
振り向けばガルル。

「何だよ痛いなぁ!!手加減して無いだろ今の!?」
「お前は何でも抱え込む。話して解決しなくても言え。こっちばかり見透かされているようで腹が立つ」
「それが私の仕事だっつの!!ったくもー、久し振りに殴られた…」
「そう言えば久々にお前を殴れた。今日はいい1日になるな」
「っかつく…。弟(の次元空間)がどうなってもいいんだな?!手加減してやんねーから!!」

今は少しでも気を紛らわせて。

「手加減などいるか。いい加減俺も本気で行くぞ」
「ハッ!ほざけブラコン!誰かからアサシンゾーン借りてやる。お前が奇跡的に一撃でも入れたら言う事1つ聞いてやるぜ?」
「ちなみに地球ではやらないでよ?私が隊長治さなきゃいけないしぃ」


我慢はもう少しだから。
全部終わったら、泣いてもいいから。

 

 

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