柔らかい気持ちだけじゃ心は成長しない。



ときには汚いコトも


 

 

 


やってみる。




Despair Worrying Producer〜 [






モアが買い物から戻るまでの間。
キララはリビングにお邪魔して夏美と冬樹に1つずつケータイを渡した。

「0でコール押せばプル姐かガルルかアンゴル族のお嬢さんの3択で誰かに繋がる。まぁ普通にケータイとしても使えるし、何か用事あったりこっちが煩かったらそれ使って」
『はぁ…』

突然渡されたケータイはどう見ても普通のケータイだ。
若干困惑気味の日向姉弟の反応に、気持ちを汲み取りキララが苦笑しながら答える。

「最初に『2人の生活に迷惑は掛けない』って言ったでしょ?こっちも約束は破りたく無いし、学生さんには恙無(つつがな)く学業に勤しんで貰いたい訳よ」
「えっと…お気遣いありがとうございます…」

まだ屋根にいるだろう睦実には渡さないのか。

夏美にはそればかり気になる。

「ゲームやパソコンばっかして寝不足になるなよ?子供は早く寝ること。良いね?」
『はーい』

2人の返事にキララが満足そうにポンポンと頭を撫でる。
キララは別に【ヤンキーに見えるだけ】で、ちゃんとまともな神経がしっかり数本だが残っている大人だ。
人懐っこいし子供嫌いな訳でも無い。それにやはり他人の子は可愛い。

「あの、コレってキララさんには繋がらないんですか?」

母親の秋ともプルルとも違う、言うなれば『近所の元気なお姉さん』みたいなキララにもう日向姉弟の警戒心は無い。
そんなキララに冬樹が質問する。
何せ3割の確率でガルルが出るのだ。それがとにかく恐い。何とか確率を下げられないか。

「ざぁんねん、繋がらないんだよねー。私もやる事あるし…まぁ結構な確率でガルルだから、出たら残念賞だね」


ケラケラ笑うキララにガルルが溜め息を付く。
庭でまだ座っているがキララの声はデカい。十分聞こえている。

「俺が無線を相手に一体何をするんだ…」
「夜中に隊長の真面目な声なんて聞いたら、2人とも怖くて喋れないって事ですよ」
「大した内容が来るわけでも無し。普通に出るだけだろうが」
「こないだ散々な目に合わされた相手に繋がったら恐怖が尋常では無いと思いますけどぉ?」

プルルの嫌味に苛つくも、事実なので言い返す事も出来ない。

 


「そんじゃ帰りにまた顔出すわ。学校サボんなよ!っと」

ストンとキララが庭に戻る。
2人との接触はこれで終わりだ。好感を持たれている事は肌で感じた。
順調に駒は動いている。

「あのっ!クルルを宜しくお願いします!!」
「大人に任せておきなさーい。あ、紅茶のお土産!そっちも宜しくね〜」

   

振り向かずに2人にヒラヒラと手を振りキララが椅子に戻る。

声色は優しいままだが、表情はもう2人に見せてはいけない。
何せ過去に例の無い命懸けの勝負を始めるのだから。
考えなくても自然と表情がキツくなってしまう。

 


「今時の地球の子供は素直でかぁんわいー。【THE・ピュア!】って感じ。トロロがどれだけ歪んでるか良く分かる」

到着して一時間弱。

そして会話など10数分しかしていないのに、既に地球最終防衛ラインを手懐けた。
ただ喋っただけで、だ。
これがキララの一番優しい『侵略』の仕方だ。
相手の性格や反応を一瞬で読み取り、相手を確実に安心させる【言葉】や【動き】を使い潜り込む。
彼女は誰にでもなれる。だが、彼女を誰も知らない。キララが裏コードで【Chameleon】と呼ばれる理由はコレだ。

「トロちゃんはあの性格だから軍にいるんじゃない。外の子は普通よ」
「普通ねぇ?…で、たまーにいる捻くれたのが北城睦実か」

ただ1人、まだ屋根に残って3人を見ている。手には実体化ペンを持ったままだ。
だが3人とも睦実には触れない。
ガルルとプルルは『構うな』と命令が出ているし、キララは睦実と言う『存在』は認識しているが『中身』に興味が無い。
夏美や冬樹とは違い、手懐ける必要性も無い相手の事はどうでもいい。

「クルル曹長と共にいるのだからそうだろうな。あとお前は人の事は絶対に言えん。断言出来る」
「何おう?私ほど『世の為人の為』に生きてるヤツが何処にいる!」
「えー?キララちゃんは自分に素直に生き過ぎよぉ。ガララ大佐もだけど、ほんっと我が侭な兄妹なんだから」
「ちょっと兄者と一緒にしないでよ気持ち悪ぃ!?うぁー!鳥肌出るっ!!」



    睦実はずっと考えている。

      【孤独な数字】が一体何か分からない。

    素数だろうか?確かに特別だし孤独だが、1つではない。
    ならば『リーマン予想』を解けとでも言うのか?
    何人もの天才数学者を文字通り【地獄行き】にしても、今だ解かれていない素数の法則問題。
    地球ではまだそれは誰も解けていない。だが素数はクレジットカード等のナンバーに使われているので、解けた瞬間地球は大パニックになる。

だから、そんなものでは無いのだろう。  

    キララの問題に答えられなかった。
    クルルは【孤独な数字】なのか。自分はそれを補える数字じゃないのか。
    自分が1なら和・差でクルルを救える。クルルが素数なら変える事が出来る。
    だけどもし積・商なら1では意味が無い。せめて0でなくては。だが0なら和・差では意味が無い。
    何も出来ない『無』なのか。

     分からない。


『天才』と言われた自分の知識が、大事な時に何の役にも立たない。

無性にそれが悔しかった。

クルルに釣り合わない自分なんて…

クルルの孤独を救えないなんて…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



「皆さ〜ん!夕飯の買い出し戻りましたぁ!!」
「おー、お帰りお嬢さん待ってたよ。さて、お仕事するか!」

モアの元気な声に3人が立ち上がる。

「あの、皆さん本当にこんなコンビニの物で大丈夫なんですか?てゆーか、栄養不足?」

モアのコンビニ袋の中にはキララの10秒飯が数個とプルルのサンドイッチとガルルの弁当。
あとはとにかく飲み物や水が大量に入っているだけだ。

あまりの水分の重さにモアの手がプルプルしている。

「食ってる暇もあるかどうかだし別にいいさ。重いでしょ?ガルル」
「あぁ、持たせてすまない。俺が持つから貸してくれ」
「ほ、本当に重たいですよ!?気をつけてくださいね!」

ガルルがモアから受け取った瞬間。
ズン!!とガルルの肩が本当に外れかけた。

「…よ、良く持てた…なっ…」

何とか顔には出さないが指にはギッチギチにエコバックが食い込んでいる。
見た目は小柄で優しい顔のモアだが、正真正銘あの【アンゴル族】の娘であり、星や惑星を一撃で粉砕する破壊力を持っている。
そのモアが『重い』と言うのだから並大抵の重さではない。

「誰がこんなに飲むんだ…っ」
「私しかいねーじゃん。指が千切れる前に次元空間に入れとけば?って言うかさぁ…」

それだけ言うと、突然キララが屋根に飛び上がる。

「わ―っ?!」
「お前いい加減帰ったら?妹がいるなら心配してるだろ」

ジャンプ1つで突然屋根に現れたキララに睦実が怯む。
即座に実体化ペンで応戦しようと試みるが、そのペンを握った上から手を握られて動かせない。
見上げたキララは哀れむような表情だ。完全に見下している。

「その実体化ペンは奪いもクラックもするつもりは無い。ただ、そうされたく無ければ…。意味は分かるな?」

【秘密基地に入るな】。暗にそう言っている。

キララが力の抜けた睦実の手を離し、ふと気付いた。

「ふーん、コード入りなんだな…」

ペンの端には【966】の3つの数字。クルルの通常コードネームだ。ネーム入りと言う事は、コレは軍から支給された物だろう。
ケロン軍は一度支給したものは壊れようが無くそうが、二度と支給しない。修理は全て自己負担だ。
なのでコレは正真正銘クルルのペンだ。原型は実体化ペンだが中身は相当改良されているだろう。
それを渡すほどの相手…

「大切にしろ。宇宙に2つと無い貴重な代物だ」

それだけ言い、キララと3人が秘密基地に消えた。














「【ジグソウ】が開くまであと12分強か…」

基地に入った途端、キララの口調が一気に低くなる。
今まで明るかったのに雰囲気もオーラも冷たい。その雰囲気の変わり方にモアがゾクりと緊張する。

「先に基地内を目視確認してくる。プル姐はクルルの元へ。ガルルは医療ドックの到着時間の確認だ。行け」
『了解』
「お嬢さんは確か飛べるね?」
「は、はい!ルシファー・スピア!!」

モアが急いでケータイをルシファー・スピアに戻す。
その間に既に2人は超空間ゲートで消えており、キララも足にキックボード型の飛行ユニットを装着していた。

「急かせて悪いが一刻を争う。クルルがデータのやり取りで使っていた場所まで連れてってくれ」
「分かりました!此方です!」

慌てて飛び出すモアを見て、キララもフワリと浮き一気に加速装置にアタックを入れる。
瞬間、モアのハイスピードにキララ追いつき並走する。


「…はぁ…地図で把握はしていたが本当に迷路だな。無駄に金使いやがって…」
「突然入られたりするとやっぱり迷う方が多くて。てゆーか、迷子続出?」

曲がり角と部屋の数のあまりの多さにキララが辟易する。
そして一々幅広い廊下の作り。これではまるで蟻の巣だ。

「ですが目的地まではほぼ一直線コースなので直ぐです!ナッチーさん達も簡単に来れる作りですので!」
「はぁ?地球人が簡単に来れるって既に『秘密』でも何でもねーじゃん…。乗り込まれて破壊されたりしないの?」
「えーっと…さすがにナッチーさんの怒りが頂点になると多少は…」
「もー、絶対そこにも侵略の予算突っ込んでるな馬鹿どもが」

ケロロ小隊は『ケロロ小隊戦記』として星でもテレビ放映されており、その人気から軍も甘やかし経費の嵩増請求が酷い。
だがいくらケロン軍でも金が天井知らずな筈が無い。ちゃんと限界が有る。
そんな全く侵略の進んでいないケロロ小隊の癖に、あまりにも経費請求や侵略達成率の改竄が酷過ぎる。
完全に調子に乗っている小隊にキララも厳重注意をした程だ。その際丁度一緒にいたガルルがど説教をぶちかましたので流石にそれからは大人しいが。

「お嬢さんもう少しスピードは出ない?」
「これ以上出すと基地の耐久性の関係で壊れて…っまず此処です!」

 

 

 

 

 

 


先に来たのは地下秘密基地のメインルーム。
パチパチンとモアが電気を付ければ、キララの目の前には『うわっ…』としか言葉が出ないような光景。

「クルルさんはいつも此処を中心に外部データとのやり取りをしています」
「…何処のアニメのコックピットだよこれ…」

別に部屋が動くわけでもないのにこのアニメ戦艦コックピットのような作り。しかも相当の旧式。どう見ても妄想の産物だ。コレで動く筈が無い。

何せコッチは本物に乗っているのだから、それはケロロ達も分かっているだろう。『何がどうしてこうなって動くと確信しているんだ』と製作会社に問い詰めたい。
まだ地上の家が半分に割れてロボットでも出て来るなら許せたかもしれないが、どう見てもそんな様には出来ていない。
あくまで見た目重視で、本来各総員の何かするだろう椅子には、本当に椅子しかない。残りはレプリカだ。益々動かない。
キララには訳が分からない。正直言ってここまでだと流石にヒく。あとやっぱり金が無駄に掛かっている。

「おじさま曰くアニメの『ゲロロ艦長』を元にしたと仰ってました!」
「…ったく、ケロボールが有るからって好き勝手しやがって…」

無駄に広くて全く使わないだろう装備の、しかも『レプリカ』がふんだんに充実している。
【男のロマン】とでも言うのだろうか。もうキララには付いて行けないし行きたくも無い。静観に決め込もうにもマニア感たっぷり過ぎてスルースキルが追いつかない。
やる気が一気に削がれる部屋だがここで時間を潰してもいられない。ケロロはいつでも苛め抜くことは出来る。しっかりしなくては。
出来るだけ他を見ないように、キララがモアに案内されて動くモニターの前に立つ。

「しっかし、誰も居ないからって電源オフるってどーゆー…あぁ、流石に予備は付いてるか」
「最近は地球もエコが進んでいるのでおじさま達も【基地内をエコ化で地球侵略!】と言う事で!!てゆーか、環境対策?」
「いや、地球をエコならともかく基地をエコにしてどーすんだよ…その作戦内容を教えてよ意味分からん」
「えっとですね、確か【地球全体の電力を奪い、ナノラを使いオゾン層を修復後に地球を一気に緑化して地球人から文明を奪い混乱の極みにしてやるでありますよ!!ゲ〜ロゲロゲロ!!】と…」
「ふーん…マジで侵略する気無いなコイツ等…」


あまりにも分かり易く『ヒきながら苛付く』という難しい事をしているキララに、モアもどんどん萎縮していく。

ケロロ小隊の作戦はただの【遊び】だ。毎回自滅エンドの大掛かりに金の掛かった遊びなのだ。キララからすれば【馬鹿】の2文字しか当てはまらない。
大体ケロンは科学の星だ。
その科学力でアチコチを侵略しているというのに、肝心の電力をカットしたら何が出来るというのだ。一歩目でまず秘密基地の停電で自分達が躓いて終了だ。
キララが本気で嫌になってきた。もう馬鹿馬鹿しくて仕方ない。


「…お嬢さん」
「はい!」
「基地内の全電力をフル起動して。あとこのハードでお嬢さんが可能な限りでいいから潜ってみて」
「わ、分かりました!」

モアが急いで送電室まで飛んで行く。しばらくすると基地内に電子モーターの音が静かに流れ始める。
その間にキララはモニターの下にしゃがみ込み、持っていたドライバーで蓋を開けて中身を開いていた。
潜り込んでペンライトを付け、ズラリと並ぶ配線を確かめている。

「あ、あれ?キララさんどちらに!?」
「あー、ココに居るから心配しないで作業続けて〜」
「はいっ!!」

モアがモニターを見ながらキーボードを叩いている間も、キララは中を調べている。

「……まぁ、ここなら大丈夫か…。お嬢さん、ココがメインサーバだよね?」
「はい。基地にこれ以上のハードシステムはありません」

コンピュータの配線コードにプラグ数やケーブル数を確認する。
そしてペンライトを口に加えて、キララ自身のノーパソに接続して内部容量確認すればどうやら十分だ。
このハードなら【ジグソウ】の3と5を同時に使っても十分持ち堪えられる。

「キララさんどうぞ。私ではここまでが限界です」
「あいよっと。流石に電気流れると中があっちー…」
「キャア!?キララさん真っ黒ですよ!?」

しゃがみ込んでいたキララがひょこっと現れた瞬間、モアが思わず叫ぶ。
たった3分でキララの髪や服は埃まみれだ。半そでショーパンなのでむき出しの腕や足も真っ黒。勿論ノーパソもだ。
とても人前に出られた姿ではない。カップラーメンもこんな姿の人間には絶対に食べられたくないだろう。

「まさか配線に素手で触ったんですか!?てゆーか、感電死!?」
「軍手はガルルの次元空間に忘れた。まぁこの下は後でケロボールで掃除決定だ。きぃったねぇんだから…」
「すみませんっ!モアにはハード内は配線が恐くて触れなくてっ…クルルさんからも止められて…」
「うん、別にハードの中が汚いんじゃないから。単純に床ね?」

コンピュータ内部が汚いはずが無い。
埃が堪っているのは設置されているその外側だ。

「これからはキチンとお掃除します!!」
「せめて週一でやっとかないとこのハード壊れるよ…。さて、お嬢さんの限界点が此処ね?」
「はい、私が1人で見られるのはココまでです。いつもクルルさんが立ち上げて使っているので…」
「なら立ち上げただけでも十分だ」

ここから自分も触って何処まで行けるか確かめたいが。
あまりにも手が汚い。とてもキーボードを触れる手ではない。

「コレはこのままにして次の場所へ。あとタオルと軍手あったら貸してくれる?流石に配線は熱いし…ちょっと手が…」
「直ぐに持ってきます!えっと、確かクルルさんのがココに…」

モアが急いで塗れたハンカチと軍手を渡し、2人は次に向かう。












「あーもークルルのボケが…直すの嫌んなるわ。私もノーパソも真っ黒じゃねーかマダ男が…」

ブチブチ文句を言いながらキララが無残な自分の肌を見る。やはり汚い。
フライングボードのスピードで埃は綺麗に飛んでいったが、どう言う事か手の汚れが中々消えない。
別にオイル漏れも何も無かったのに、一体この頑固な汚れは何なのだ。

何故落ちない。正体不明のコレは何だ。恐い。

「あのぉ…キララさん」
「ふぁい?らんれひょう?」

汚れ落としを諦めて、口に軍手を加えているので上手く話せないが。
口調は基地に入った最初の時のように冷たくない。冷えていたのは最初だけだ。
2人きりになってからはずっと優しい温度がある。

「どうして私をお手伝いに呼ばれたんですか?」
「そりゃココのマシン関係はあとお嬢さんしか分からないじゃん?」

キララがこの黒い汚れの謎を考えるのを止め、やっと軍手を嵌める。
勿論【これも予算の無駄遣いの産物だったら小隊全員ブッ殺す】としっかり心に刻み込んだ。特にクルルとケロロは【ケツ爆竹】のおまけ付きで。
不思議そうなモアの表情に、かなり物騒な事を考えながらもキララの表情は優しいままだ。

「そうかもしれませんが…。それに睦実さんを…」

どうしてあんなに邪険に扱っていたのか。
先が続けられないモアにキララが答える。

「あれはアッチが勝手に噛み付いてきたから、ちょっと遊んでやっただけさ」









 


次に着いたのはクルルズラボだ。
ここでもまたキララはしゃがみこみ、パカッと蓋を外して配線を確かめている。

「もぉおおおおお!!!汚さ倍増な上にせぇーまぁーいぃぃいいいい!!!!!」

汚さはさっきのメインルームの倍以上だ。コッチは埃に加えて食べカスも凄い。カレーの染みも。
【大佐】であり【最強部隊の隊長】でもある自分が、何でこんな汚い場所で作業しなくてはいけないのか。苛立ちが尋常ではないが、やらなくてはいけないこの現実。
ここまで汚いと、もはや全ての感情を捨てて虚無の境地に陥らなければやっていられない。
作業をしながらキララの心に新たに一言刻まれた。

  【全部終わったら、クルル絶対ブチのめす】

ノーパソも原色が黒だったように黒い。多分死ぬな、とキララは既に諦めている。

だがこちらもなんとか3と5の両方は耐えられそうだ。

「ココは本当にクルルさん専用ですから。私は何も触ったこと無いのですみません…」
「いーよ大丈夫。はぁ…もーヤダ…このカレー臭すっげ…」

狭い場所から出てきて汗を拭きながらキララは気付いた。服に付いている黄色い染み。どう見ても匂いからもカレーだ。
正直泣きそうだ。どうして自分は作業着でやらなかったのかを最大級に悔やんだ。


「で、お嬢さんを中に入れた理由の続きね?」
「えっ、あ、はいっ」
「どんな子か、話してみたかったんだよ」

質問を覚えていた事にモアが驚いた。あれだけ愚痴ていれば普通は覚えている筈が無い。
キララは軍手を外して椅子に座り、勝手にラボのパソコンを立ち上げる。クルルしか使わないのにパソワード画面ばかりだ。

だがキララは簡単に全てを突破していく。先ほどノーパソで中身をチラ見ているのでパスワードなんて無いようなものだ。
キララは沢山の後悔のせいでゲンナリした表情だが、本気のクルルのような速さでキーを叩いている。


「こーゆーメカ作りや参謀本部所属の奴ってね、大抵みんな1人で居たいんだよ」
「1人、ですか?」
「そう。特にクルルみたいに【鬼才】なら尚更ね。他人の干渉を受けたくないんだ。鬱陶しいし……、恐いから」

幼い頃から天才と呼ばれ大人たちの嫌味や妬み、悪態を嫌と言うほど聞いてきたクルルだ。
人を信じることの恐怖が染み付いてしまっている。
キララも入隊直後から同じ目に合っている。度合いは違うかもしれないが、気持ちは一緒だ。

  
   どうせ裏切るのならば、最初から優しくするな
   ガキだから。女だから。ガキの癖に。女の癖に。   

信じたいのに、信じる事を出来なくしたのは誰だ?
   この性格を疎ましく思うお前達のせいだろう?


「クルルは基礎マシンから全部自分好みに改造する。他人と同じものが嫌なんだ。【自分だけの物】が欲しいんだよ。だから使わない変なマシン沢山作ってるでしょ?」
「はい…。でも、それはおじさまに頼まれて…」
「ケロロと馬鹿やるのが楽しいんだろうな。そういう意味じゃクルルにとってケロロも大切だろうね」


クルルが軍から与えられたものは新しいマシンや殺戮兵器の設計図。
  自分が作ったのに。
  自分は使わずに【他の誰か】が使ってしまい何処かへ行ってしまう。

キララが軍に与えられたものは軍罰を犯した者のデータや同胞を殺す許可。
  自分が対象者を見つけるのに。
  処罰を与えるのは【他の誰か】で、死刑囚はこの世から居なくなってしまう。

手元には何も残らない。人も。物も。
 
   【ジグソウ】

自分だけの物と言えば、この脳を囲う機械だけ。
それさえも今のクルルは奪われようとしている。奪われた先には何が待っているか。考えたくも無い。


「クルルはお嬢さんには自分のマシンを触る事を許した。クルルはむしろ手伝わせるでしょ?」
「あ…はい…。でも本当に簡単な事しか…」
「それだけで十分だ。自分のマシンを誰かと共有するんだから」

話す間もモニターにはどんどん情報が溢れていく。
モアには既に何の情報が表示されているか付いていけない。それだけキララの表示スピードが速過ぎる。

「あの引き籠りの他人嫌いが自分のサブにお嬢さんを置いている。凄く信頼されてんだよ?しかもお嬢さんを【アンゴル族だから】と言う理由でも無い。いい事なんだ」

そう言いながらキララがモアに笑いかける。
キララは本部に有る自分のマシンを他人に触らせたりはしない。もし勝手に触った者はきっと怒りで殺してしまう。それが例えガルルでも、プルルでもだ。
マシンへの依存度も異常な事を自分で良く分かっている。まだキララは【自分だけの物】を誰かと共有出来ない。
だがクルルにはそれが出来た。モアがどれだけクルルの中で容認されているかが良く分かる。

「私、羨ましいのかなぁ…」

沢山の個性の強い仲間に囲まれて、少しずつ解れている。

「えっ?」
「何でもない。さて、お嬢さんに問題だ。【孤独な数字】って何か分かる?」
「素数の事ですか?」
「プログラムの話だと?」
「数字だったら【7】でしょうか?」

1から10までを2グループに分け、そのグループ内を全て掛け合わせる。
だが絶対に等しくはならない。片方の積に【7】がいる限り。【7】の倍数だけは作り出せない。
だから孤独な、そして特別な数字は【7】だ。

「宜しい。なら16進法でならどうなる?」
10の位の素数です。BとD。1113が該当します。7にはEの14がいるので除外されます」

即答するモアに満足気にキララが笑う。

「大正解。良く出来ました」
「あのぉ…今のは?」
「さっき北城睦実に出した問題。本当は彼にお嬢さんみたいに即答して貰いたかったんだけどねぇ」

少しだけ苦笑してキララが続ける。

「お嬢さんみたいにいきなりじゃないし、プログラマ知識を確かめた上で最後に出したけど無理だった。今回は彼に【孤独な数字のクルル】は救えない」
「けど、睦実さんはクルルさんの恋人さんでっ…」
「悪いけど友情だの愛情だの、そう言った事で解決できる問題じゃないんだ。大前提でこれは【ケロン軍の問題】で地球は全く関係ない。そして完全なる頭脳戦だから…。北城睦実の知識レベルじゃ話にならない」

勿論キララはクルルにとって睦実がどれだけ大事な存在かは分かっている。
言葉が無くても通じ合う仲だろう。そうでなくては対人関係が下手なクルルには鬱陶しいだけだ。
クルルが唯一『黙っていろ』とメッセージを残した相手。
それは【ジグソウ】の事を話していないから。知られたくないからだ。



「キララさん…クルルさんは、孤独なんですか?」

悲しげなモアの声にもキララは振り向かない。

「そうだよ。7であり、Bであり、Dだ」
「…どうして、ですか…?モアには分かりません…」
「そうだなぁ…」


モアの質問に、キララが答える。

「クルルは頭良すぎて誰も付いていけないでしょ?天才じゃなくてその上の【鬼才】だから【普通】が退屈すぎて死にそうなんだ。そしてそんな奴には誰も近付かない。だからクルルは構って欲しくて嫌がらせをする構ってチャンな訳だ」
「そんな!!クルルさんには睦実さんも榛名ちゃんも一緒に居ます!モアも、おじさま達も!!ナッチーさんにフッキーさんも!!みんな居ます!!」

食いつくモアに、キララが静かに話す。

「周りに沢山いるのは結構な事だよ。どれだけ居たって構わないさ。ただ知識面において付いていける人はいる?」
「それはっ…」
「クルルは【頭脳の価値】で生きいてる。ただ【それだけ】が生かされている理由であり【クルルの価値】だ」

自分と同じように。
その価値を失った時、同時に存在理由も消滅する。

「結局そこに同列な人間がいなければ孤独には変わりは無い。クルルは周りに合わせて相当噛み砕いて話してるんだ。だけどそれはクルルにとってもの凄く面倒臭いし苛立つ事。無駄な事をあまり言わないし1人が多いのはそれのせい。説明が面倒なんだよ」
「キララさん…」
「クルルの行動は周りには謎な事があると思うけど本人は至って真面目だ。それを理解出来る人いる?出来ない事をクルルが言えば周りも理解出来ないから怖くて離れる。すると周りが離れる理由を周りの知識不足のせいにするようになる。まぁ、クルルはもう『ソコ』は通り過ぎてまぁまぁ大丈夫だけどね」

現在それを肌で感じているのはトロロだろう。
小隊はともかく、他の周りには理解されにくく、結局周りを馬鹿にして小隊メンバー以外からは孤独の真っ只中にいる。
ソコから上手く脱出出来るかどうかは、トロロ自身が考えなくてはいけない。

「『頭が良い』のは良い事だけど、『良すぎる』と生きるには非常に宜しくない。これはケロンに限らず地球でも他の星でも言えるけどね。良すぎる頭脳の使い方が分からなくて発狂する者や、周囲と折り合いが付かず変人扱いか、考えを理解されず牢獄行きだって良く有る話」


   『頭が良い』と周りは尊敬の眼差しを込めて集まる。

『良すぎる』と周りは畏怖の念を込めて離れる。


「結局さぁ、対人関係に頭の良さなんて関係ないのにね?頭が良い癖に一番大事な事が分からないんだよ。地球で言う【馬鹿と天才は紙一重】ってまさにその通り」

「……クルルさんは…」

「お嬢さんは勿論頭が良い。アンゴル族だから当然だけどね」

「そ、そんな!私はっ!!」

「大事なのは【天才】って言う事に拘らない事だ。さぁそんなお嬢さんに問題だ。【天才ってどんな奴の事】を言うか、分かる?」

「えっ…」


モアは知っている。天才の定義。

だが、言いたくない。

 

「知ってる筈だ。答えは【天才はある一点に置いての知識はずば抜けて優れているが、部分的か残り全てが著しく壊れている者の事】を言う。社交性に乏しく基本的生活能力も皆無に近い」

「…はい…そうです…」

「まぁ、言えないよね。何処でも同じだ。この定義はお嬢さんも私もクルルも当てはまっちゃう。でも違うんだよ?」

「えっ?」

「単純に文明の差だよ。地球から見ればケロンは基礎知識から高い。ケロンから見ればアンゴル族がそうなる。基礎レベルが違う種族なんだから当たり前の事だ」


そして地球の倫理的価値観とケロンのそれは全く違う。
もし【自分の脳はプラグだらけで殆ど機械だ】と言ったとして、宇宙1の科学力を自負するケロンなら受け入れられる。
だが地球ではまず受け入れられない。そんな事、現実味の全く無い映画や漫画の世界の話だ。文明発達の違いが大きく出ている。
【ジグソウ】を埋め込み視力と聴力も失った事実など、それこそ話せたものではない。

クルルは小隊にもモアにも事実を教えていなかった。それを地球人の睦実に話す筈が無い。
拒絶の恐さを知っているからこそ、話さない。


「キララさんは…」
「ん〜?あぁ、ごめんね何かつまんない話して」
「とても頭が良いんですね。クルルさんと同じか、それ以上か。それにクルルさんをよくご存知なんですね」
「えー、クルルとはちょっと付き合いが有る程度だよ?全然存じないもん。彼氏とか昨日初めて知ったし。てか似てない。私の方が絶対清潔感あふれる美人」
「そ、そう言う外見では無くてっ!そのっ…」

モアは其処で言葉を切った。今、キララは完全に話を摩り替えようとしていたのに気付いたからだ。話術に長けている。

黙ってしまったモアに、キララが少し困り笑いで振り向く。


   「さすがはクルルが横に置くだけはあるね。お嬢さんも十分に頭が良い。ここで黙ったのも良い判断だ」

 


モアの真剣な眼差しに、クルルが根負けした理由が良く分かる。
だが、キララは『クルル』ではない。ニっとイタズラ半分の笑顔に変える。

「てか『クルルと似てる』って言うの、褒め言葉じゃないんだよ?ケロン軍じゃ悪口だよソレ」
「えっ…でも私、皆さんが言うようにクルルさんがそんなに性格悪いとは思えないんですが…」
「はぁ!?お嬢さんソレ本気で言ってる!?ちょっと大丈夫?!」
「だ、大丈夫ですよ!?」

あくまで雰囲気は明るく笑いながらキララは言うが、心の中では『下らない』と自分を貶している。
知っていて当たり前だ。似ていて当たり前だ。
何せ【同じ物】が頭に入っているのだから。似た状況を体験している。

どれだけ素直な相手にも嘘笑いを向ける自分に反吐が出る。嘘で誤魔化し惑わし、騙して紛らわす。
結局自分の事は一切相手に教えない。だけどその事を相手に気付かせる事無く全てを終わらせる。

仕事でも無いのに勝手にこういう行動を取るようになってしまった。
キララはずっと、仮面を付けっぱなしだ。


「お嬢さんは孤独なクルルと一緒にいる。数字が1つ加わるだけでクルルは孤独から抜け出せるんだ。いつまでも【7】じゃなくてクルルに数字を与えてあげて欲しい」
「キララさん…」
「お嬢さんか北城睦実が1を加えれば完全にクルルは孤独から抜け出せる。2人で【一桁の最小公約数】にしてやればもう安心だ」

  それならもう1人じゃない。恐くない。
  多くの数が有る。多くの仲間がいる。

「てかね?ココだけの話なんだけど、もしお嬢さんが星に帰ったりして居なくなったとするじゃん?」
「は、はい…」
「表には出さなくてもねぇ…クルル絶対陰で泣くよぉ?」
「えぇ?!クルルさんって泣くんですか!?」
「それだけ小隊内だと大事なバディだって事。外ではそれが北城睦実なんだろうけど…っ」

突然キララのキーを打つ手が止まる。

「チッ、今は此処までか…」

舌打ちをしながらモニターを睨みつける。
やはり【ジグソウ】を起動させないと開けない裏コードだらけだ。

「他に無い?まだ何処かにハードがあるなら見ておきたい」
「ほ、他はいつもクルルさんが使ってるノートパソコン…」
「違う。最低ここぐらいある大きなハードじゃないと」
「あっ!メインルームの椅子の下です!」
「ハィ?」

思わずキララから変な声が出た。

「椅子に座ってそのまま下がるとモニターが沢山あるみたいです!対ガルル小隊の時はソコで何かしていました!!」
「あぁ、トロロぶっ飛ばした時のか。いいねぇ、使えそうだ。お嬢さん行ける?」
「あ、いえ…降りると直ぐに床が閉まってしまうので…」
「降り方は?」
「分かりません…。回転椅子でもの凄い勢いで回転しながら降りられたので、そっちに目が行ってどのボタンか確認出来なくて…」
「よし止めよう」

回転椅子で高速回転しながら降りるのは絶対に勘弁だ。何の罰ゲームだ。
もしその場所が一番使える場所だとしても、確実に目が回り作業どころの話ではない
だがイタズラの1つとしては採用だ。今度誰かに試そうとキララが思った。

「メインサーバの真下に置いてるなら上と接続してるだろうし…あんまり狭いのもそれはそれで動けないし…」

腕組みをしながら、あれやこれやと考える。
どうせソコは狭すぎて3と5の併用させてもモニターが追いつかないだろう。その罰ゲーム室のは置いておくとして。


「お嬢さん、今日の活動限界はあとどのくらい?」
「えっ?あ、私は頑張ってお手伝いします!!」

グッ!と気合を入れるモアだが。

「無理しなくていいよ。擬態は辛いって聞いてるし眠くなったら寝てね?【迷惑を掛けない対象】にはお嬢さんも入ってるんだから」

これはケロン軍の問題だ。
地球人に迷惑を掛けないと言って置いて、アンゴル族に無理をさせるのは筋が違う。

「…すみません…。今日はあと1時間くらいが、限界です…」
「ん、分かった。悪くないのに一々謝るのは良くない癖だよ?」

心底申し訳無さそうなモアの頭を何とか汚れてない部分でポンポンと撫でる。

「お嬢さんもまだ若いんだからしっかり寝ときなって」


1時間程度なら丁度いい。無駄に起きて傍にいられても邪魔だ。
【アンゴル=モアと言う駒】が動くべきは、キララにクルルが使っていたサーバの場所を教える事。
コンピュータの配線接続の技術も持っていそうに無い。出来ても一々指示が必要だろう。
だったらそれさえ済めばもう必要無い。やらせる事も無い。
この駒も、上手く動いた。


その時、笑っていたキララの表情が変わる。
秘密基地侵入から11分経過。

「ちょっとクルルの所に行くからお嬢さんはお茶淹れといて!!」
「はいっ!」


ようやく【ジグソウ】が開く。

 

 

next