恐いものをノートに描いてみなさい。


そこに描けないものが。



君達を殺すだろう。




Despair Worrying Producer〜 Y






【クルルの治療の為、指揮権はプルルに移行し秘密基地は立入禁止】

小隊からリビングにて一応の現状説明は受けたものの、それで睦実が納得する筈が無かった。
だが夏美や冬樹も混乱させただけの説明でも、取り敢えず睦実は一通りを聞いて無理に動くのを止めた。
理解も納得も出来ないが、目の前の現状を聞く限り現段階で動くのは得策ではない。


「ふーん…その上またガルル中尉に随分過激な上司の到来に、本部からは本気の医療チームが来てる、と」
「そうであります。だから絶対に下手な真似はしないで欲しいでありますよ。ここに居るなら大人しくしてて欲しいであります」
「秘密基地への侵入はプルルの命令により禁じられた。入ろうとするなら俺達も全力で止めに入らねばならん」
「此方も無益に睦実殿に怪我をさせたくは無いで御座るよ」
「つーか秘密基地に入れてもプルル看護長が待ち受けてんスけどね…ぶっちゃけアンタじゃ勝てないですケド」

「おばさまが今とても辛いのでしたら…。戦闘は不慣れですが私も全力で排除に動きます」


追い出された小隊一同は複雑な表情だが、命令は下っている。
命令は絶対だ。理由も目的も分からずとも、全力でそれをこなすのが軍人だ。
モアでさえ動こうとしている。モアも、今やケロロ小隊の一員なのだ。

 


「分〜かった、分かったよ。流石に4人同時に勝ち目があるとは思ってないし俺だって怪我はしたく無いから」

その気になれば実体化ペンで階段でも爆弾でも描き出して一瞬で侵入も可能だ。普段の動きは睦実の方が早い。

だが、まだその実体化ペンを奪われていないだけ信用されていると言う事なのか。
今回は全員に全力で阻止されるのが分かる。これだけ元気の奪われたケロロ小隊など睦実は見た事が無い。だが、命令ならば動くだろう。
ドロロやモアに本気で動かれれば流石に無事では済まない。それに中にいるプルルは女性で手が出せないが向こうは容赦なく無く掛かって来る。

彼女もまた、軍人なのだ。

「それにしても、モアちゃんまで追い出されるなんて…。軍は本気で治療に来るってねぇ…」

全く分からないだらけだ。

ケロン軍だけの問題なら、アンゴル族のモアには全く関係が無い。そもそも【星の断罪者】であるアンゴル族に命令が出来る立場では無いはずだ。

それなのに追い出されるのは絶対におかしい。何か秘密がある。
ソコまでの徹底した機密保持の状態で『治療で来る』だなんて、治療で有るかどうかも怪しい。それこそ一体クルルに何が起こったと言うのだ。

「睦実さん、榛名ちゃんには…」
「『風邪引いた』って事で何とかするよ。榛名は【軍隊】なんて、まだ分かる歳じゃないから」


    クルルに何が起こったのか正確に分かる人物が1人もいない。

何がどうなっているのか。

考えたって情報量の少なさに何も答えなど出る筈が無い。仮説も仮定も出て来ない。













シン、とリビングが静まり返りどれくらい経っただろう。
月は太陽を食い殺そうとし、太陽は死に際の最後の光を放っていた。

「っおじさま!!」
「ゲロッ!?な、何でありますかぁあ!?」

何かの為にと、唯一ノートパソコンを持ち出していたモアが叫ぶ。
静かだった分だけ全員の体が硬直する。

「侵入者反応です!場所は日向家上空!!識別コードは『ケロン軍』!!」


  モアの言葉に全員が一斉に庭に飛び出す。


「あっ…あの宇宙船…?我輩見たこと無いけど…」
「俺も初めて見る型だ。モア、本当にケロンのものなのか?」
「は、はい!間違いありません!」

空を見上げれば1機の宇宙船が浮いている。
だがケロロ達は見た事の無い型だ。勿論コレはキララが勝手に改造した高速宇宙船なので無理も無いが。
本当に軍の所有物なのかと、言葉も出ずに茫然とその1機を見つめていたら。

【ケロロ君聞こえる?】
「うひぃいい!!プ、プルルちゃん!?」

階級章からのプルルの声にまたケロロがビビる。
シリアスとドッキリは仕掛けるのは得意だがやられるのは苦手なのだ。

【2人が到着したわ。その機はみんな見たこと無いだろうけど軍の物だから安心して。2人を迎え入れて頂戴】
「わっ、分かったでありますっ!!えーっと…各員整列!!」

『「了解!」』

そう言われ取り敢えず並びはするものの、どうしても全員が微かに警戒体制に入ってしまう。
何故なら降りてくる内の1人は、あの散々な目に合わされたガルルだ。嫌でも緊張する。
ジワリと嫌な汗が流れる中、先に1人が庭先に降り立った。


    紫の髪。鋭い瞳。黄金のゴーグル。
    何より、激しく伝わる【威圧】と言う名の全てを跳ね返す、見えない最強のシールド。


全員が出来る事なら一生会いたくもないガルルの登場だ。


「……、出迎えご苦労」
「−ハッ!!」


誰も喋りもしない様子に、軽く敬礼をしてガルルが先に口を開いた。
緊張のし過ぎにも程が有ると内心呆れている。そこに実弟のギロロがいるから余計に情けなくて仕方が無い。
だがそれは『自分の存在のせいだ』と言う事にガルルは気付いていない。


「なっ、長旅お疲れ様でありますガルル中尉殿!!」

ビシッ!と敬礼をするケロロ小隊一同+モア。
やれやれと呆れながら腕を組みながらガルルの視線は厳しい。

「全員武器やその他、我等に危害を加えるものを仕舞いたまえ。大佐が降りて来られるまでに仕舞う気の無い場合は、此方から私が『強制的に』排除せざるをえない事になってしまう」

その低いバリトンボイスに全員に恐怖が走る。
確かにガルルは腕を組み全くの無防備に見える。だが次元空間を持っている事は前回の襲撃で嫌と言うほど知っている。
この体制のままで突然ミサイルを大量にぶっ放せるのだ。ギロロも同様に次元空間を持っているが、この近距離では全員を巻き込んでしまう。

そんな相手に『武器を捨てろ』と言われて『はい分かりました』だなんて誰が言うか。全員が警戒心丸出しのままだ。仕舞う気など無い。
その様子にガルルが1つ溜め息を付く。

「……まぁ、【自身の護身用】として持つなら構わない。あくまで『私は』、だがな」

ガルルの微妙な言い回しに、全員がまた別の緊張感に襲われる。
  

つまりもう1人に対しては『護身が必要』とでも言いたいのか?
   本当にドロロの言っていたような恐ろしい人物なのだろうか?


「キララ大佐、降りて来られて結構かと。安全圏内とは全く言い難いですが貴女に関係は無いでしょう」

ガルルが腕につけている通信機を使えば、向こうからも返事が返って来た。

【お前は私を守る気なんて、本当に砂粒ほども無いな…】

 

ガルルの嫌味に通信機の向こうからの心底嫌そうな声が返って来る。

確かに女性の声だ。この声の主が、ドロロが言っていたような恐ろしい力の持ち主である【キララ大佐】なのだ。


「大佐をお守りする事ほど無意味な事は無いと確信を持って言い切れますので」
【迷いも一切無く一息で言い切るとはいっそ清清しい返事だ。…もういい、降りる】

瞬間、機体は消が消えて人影が1人。

ゆっくりと降りてくる。

「キララ大佐だ。小隊は勿論、地球人も皆死にたくなければ失礼の無いように」

緊張の中で全員が「ちょっと待て」と、ふと思った。
さっきのガルルの発言は【失礼】のカテゴリーには入っていないのだろうか?

これでは線引きが全く出来無いままだ。緊張と同時に混乱まで襲ってきた。




 

 

 

 

 







宇宙船から降りる彼女はガルルとは形の違う黒い軍服に黒いマント、そして黒い半月帽を被っていた。
暮れる夕日を背に全身を纏う闇が薄い黄金色の髪と共に彼女の美しさを引き立たせる。
夏美達は勿論、軍の式典で見掛けた事のある小隊メンバーでさえ息を飲む美しさだ。
だが何故か【ダー●・ベイダー卿のテーマソング】が無意識に大音量で一緒に聞えてくる。

誰もが見とれて言葉を発せぬ内にキララは地上に降りた。
表情はふわりと柔和な笑顔だ。とても先ほどの通信機から聞えた嫌々な声の持ち主とは思えない。
そしてそのままガルルに近付き何かをボソッと告げた。
勿論内容は『あとで殴る』。それ以外に無い。


「ケロロ小隊一同」

若干顔が青くなったガルルに帽子を渡しながらのキララの言葉に全員が我に返る。

「あ!ハイっ!キララ大佐殿!!」
「挨拶は不要。『大佐』もいつも通り必要ありません。これより私に指揮権は移行されます。良いですね?」
「『ハッ!!』」

あくまで口調は柔らかく雰囲気も穏やかだ。
だが【威圧】と言う見えない最強シールドはガルル以上に分厚く堅い。肌が痛い程だ。

「日向夏美さん、そして日向冬樹さん」
「はっ、はい!?」

突然のキララからのフルネームにビクつく日向姉弟。
だがお構い無しでキララは2人の方を向き敬礼をする。

「先に突然の訪問を詫びます。ケロロ小隊より説明が行っているかと存じますが再度直々にご挨拶を。私はケロン軍参謀本部所属のキララと申します。私共に何も気を掛ける必要は御座いませんので通常通りの生活をお送りください。お2人に対して、そして地球に対して何も邪魔になる事は致しません」
「は、はぁ…」

柔らかな笑顔のまま、キララはスッと夏美に手を出した。
どんな怖い人物がやって来るかと思っていたが、夏美も想像外の肩透かしに握手を返した。冬樹も同様だ。
細い体付きに柔らかい物腰。見ているとホッとする笑顔。
とてもドロロの言っていたような恐い人物にも、ましてや敵と戦えるようになんて全く見えない。礼儀正しいお嬢様にしか見えない。

「そして…イレギュラーですが北城睦実さん、貴方もどうか何もお気になさらず」

少し離れている睦実にも変わらずキララは挨拶をする。
だがキララは睦実の隠しきれない敵意は感じている。隠し方など知らないのだろうな、と心でクスリと笑う。

「後に大型の医療ドッグも来ますが我々はクルル曹長の治療が済めばそのまま帰還致します。突然の来訪の上に我々からのお願いと言うのは厚かましいのは重々承知ですが、どうかドッグ等を見て騒ぎの無いようお願いします。勿論医療ドッグは静かですし他の地球人に見える事は無いとは思いますが、お3方のような方がいらっしゃる場合も有ります。地球人の皆様にまで迷惑となりますと、私どもとしても非常に心苦しいですので」
「はい!勿論静かにしてますっ!」

「ありがとうございます。早急に帰還出来るよう我々も全力を尽くしますので。ご迷惑だけは掛けないと誓います」

あくまでキララは超低姿勢で優しく地球人3人に言葉を続ける。
勿論警戒心を持たれない為とは分かっていても、『素のキララ』を知っている小隊メンバーとガルルは別人過ぎて恐い。
むしろ普段がこっちならどれだけ楽かとガルルは切に願う。今日はちょっと演技過剰だが、それでもやはりこっちの方が扱いは楽だ。
このフワフワしたお嬢様があとでヤンキーに豹変して、楽しそうに思い切り自分を殴りに来ると思うと萎える以外の何でも無い。


「…その言葉は本当ですか?」
「えっ?」
「睦実さん?」

夏美も冬樹も礼儀正しく穏和なキララに心を許していた。
だが睦実はキララの笑顔を全く信じていない。
偽りの笑顔などいくらでも作れる事など睦実自身が一番知っている。
だがキララはそんな睦実の言葉にも柔和な笑顔を崩さず即答する。

「そうですね。ガルル中尉が居るため私の言葉に信憑性が薄いのは仕方の無い事かと存じます。しかしケロンと地球は相当時間が掛かるのが現実。我々も本来の仕事もありますしそれ程暇でもありません。地球の侵略部隊はあくまで【ケロロ小隊】の任務ですので」
「アナタの力の事等はドロロから聞いています」
「そうですか。一体どのように聞かれたのか、差し支えなければ教えて頂けますか?」

キララは全く芯がブレる事が無い。揺るがない。
笑顔も崩れず言葉に詰まる事も無い。
仕事で他の人格を幾つも演じ切る事など当たり前なのだから、この程度の揺さぶりなど何も感じない。

「…地球なんて…1人で簡単に侵略可能と」
「そうですか。ありがとうございます」

「本当なんですか?」

「えぇ、それが何か?」

キララが初めて睦実を真っ直ぐに見つめる。
疑いの瞳に対しても、やはりキララにブレは無い。最初と同じ優しい瞳のままだ。もしこの感情が宿る瞳がどちらも作り物だなんて信じられないだろう。
突付いても崩れないキララに今度は睦実が少し焦り出した。
そんな睦実に『どれだけ自分が上手だと思っているのだ』と、キララが苦笑する。歳の差も技術も何もかも睦実より上なのだから
キャラクターを崩すのは先に少しでも焦りを見せた方が負けだ。そこから矛盾がボロボロ出て来る。

「驚く事でも何でも御座いません。そもそもケロロ小隊もやろうと思えば出来る事ですよ?我々は侵略を主とする軍隊です。軍のどの部隊でも武力行使で良ければ地球程度は1日掛からず直ぐに出来ます。しかし私は『侵略目的で来るほど暇では無い』と先刻申しましたが?」
「それが信じられないから聞いているんです!!」

睦実の言葉に、チキっと小さな音が鳴る。
キララの背後に居たガルルが睦実に銃を向けている。だが少しだけ表情を無くしたキララが同時にスッと手を上げ制止した。
そろそろガルルガこうなるのは分かっていた。予定通りの男だなと、思ってしまう。


「何故?」
「目的を履き違え無いように。仕舞いなさい。必要の無い恐怖で皆さんが怯えています」
「しかし彼の発言は目に余ります。その上実体化ペンを持ったままです」

 

ガルルの言葉にキララは小さく溜息を付く。

だが振り向きはしない。


「それに一体何の問題があるのです?貴方が『護身として持って良い』と言ったのですよ?矛盾しているのは貴方です。それにオモチャ相手に本気になるのはあまりに大人気無い行為です」
「…………」

「仕舞いなさい」

「…失礼しました」


キララの二度目の言葉にようやくガルルが銃を消す。普段のキララを考えれば『二度目が有る』だけ有り難いようなものだ。
だが銃を仕舞っても睦実の表情が厳しくなっただけだ。キララは実体化ペンを【オモチャ】と言い切った。クルルに貰った大切なものを。
それが睦実には頭に来る。あくまで信用はしていない。
嫌でも伝わってくるその態度にキララも苦笑するしか無い。

「北城睦実さん。本当にドロロ兵長の言うように私に地球を制圧出来る力があっても、今回の来訪目的は【クルル曹長の治療】。侵略などとは一切関係はありません」
「そこの繋がりが全然見えないから信用が出来ないんです!!ちゃんと説明して下さい!!クルルに何があったんですか!?」
「同胞のケロロ小隊にも話さぬ繋がりを地球人の、しかも日向家の者でも無い貴方に話す義務は流石にありませんし。しません」

キッパリとキララは言い切った。柔らかい言葉とニコリと暖かい表情のままで。

相手を逆撫でする事に長けている。
睦実は既にキララが相当癖の有る人物と言う事は十分分かっているし、本当に何も教えては貰えない事も察している。

だがどうしても納得が出来ない。クルルが関わっているのだ。だからから噛み付くし信じない。

大木を猫の爪で引っ掻いて倒すような、無駄に近い抵抗でもしなくては。


「…キララ大佐…見たところガルル小隊はアナタの部下のようだけど、それが関係しているんじゃないんですか?」
「正確には『ガルル中尉のみ』が私の護衛官として、ですが。何だか面白い推理ですね?続きをどうぞ」

他は態度で気付かせていないが、キララは睦実を舐め切っている。

睦実だけに分かるように向けている。睦実が自分の逆撫でに気付いている事も分かっている。

こうなって来ると、キララの悪戯心に火が付く。既に崩れ掛けている睦実の発言達矛盾点を徹底的に突きつけて崩壊させるのもいい。
ガルルもそんなキララに気付いているが「悪趣味だな…」とただ見守るだけだ。睦実の存在が治療の邪魔になるならこのままキララに潰させる方が良い。

睦実自身、挑発されているのは分かっている。その挑発に乗らないように必死だ。この至近距離だと下手をすれば怒りで手が出る。
だがあくまで『言葉』で押さえつけなくては意味が無い。暴力は誰1人振るっていないのだから。

「…プルル看護長を使ってクルルと連絡を取り、あとは口から出任せでケロロ達を追い出す。そしてクルルとガルル小隊とアナタで地球を侵略する」
「そんな!?睦実殿っ!!今のはプルルちゃんに酷いでありますよ!?」

「貴様にプルルの何が分かる!!」
「プルルちゃんが一番辛い思いをしているで御座る!何も知らずにその言い分は流石に此方とて黙ってはおれぬ!!」

剥き出しの怒りの感情が一気に睦実に襲い掛かる。その小隊メンバーの怒りに睦実も少し怯む。
小隊一同、プルルの声に出せない悲鳴を肌で聞いている。キララの説明で板ばさみになっている現実も知っている。
仲間のあんな姿を『演技だった』だなんて、見てもいない睦実に言われたく無い。

「っ、でも有りえなく無いだろ!?ケロロ達が全然動かないからこうやって他の部隊が来たって!!」
「まぁ確かに、ギリギリで有り得なくは無い方法ですが…。実際ガルル小隊は来ましたし…」

 

ん〜、と少し考えるキララ。きっとこんな事に対して考えもしていない。ただのポーズだ。答えなら最初からもうあるのだろう。
完全に間違えたと、睦実は後悔している。
睦実はキララの挑発に乗ってしまっている。普段なら推理や推測など不明確な事は絶対に言わないのに。
これが力量の差だ。明白過ぎる。


「ケロロ小隊、落ち着きなさい」
「しかし!今のはっ!!今のは酷いであります!!!」
「私が数時間前に貴方達に言った事を、もう忘れましたか?」


   『オトモダチ』で、馴れ合うな。
   自らが軍人である事を忘れるな。


今の表情ではなく、【大佐】として厳しくキララが言った事だ。
それを思い出したのか、漸くケロロ小隊も静かになる。堪えている、と言う方に近いが。

「良い判断です。それに、プルル看護長は貴方達が思うほど弱い女性ではありませんよ」

ニコリと安心させるように小隊に笑いかける。
キララの知る限りプルルはヤワな女ではないし、この程度で折れるほど可愛い女でもない。自分と同じくらいプライドの高い誇りある軍人だ。
何とか落ち着いた小隊を確認し、今度は睦実の方を向き視線を緩めクスリと笑う。

「北城睦実さん、皆の前で随分多くの判断を誤りましたね?」

間違いを引き起こさせたのは勿論キララだ。
睦実は大人びている。

だがまだ子供に変わりは無い。中途半端な大人な分、我慢強さも中途半端だ。反動で挑発に乗せてしまえば大きくしくじる。
言葉でも演技でも、プロで大人のキララに勝てるはずが無いのだ。悔しさを通り越し怒りの瞳を向ける睦実だが、それでもキララは崩れない。

それが大人の、キララの強さだ。


「さて、先ほどは随分面白い妄言をありがとうございました」
「なっ?!」

 

キララが仕切り直しとでも言うように、また笑顔で言葉を紡ぐ。

全てを聞いた。ここからは反撃の時間だ。


「今時の推理小説ですと、今の方法はもはや使い古されて禁じ手に近いですよ?それがクルル曹長なら尚の事。彼が何故わざわざ仲間の小隊ではなく外部と手を組み地球侵略を?それこそ意味が分かりません。プルル看護長の脅しなど彼は逆に面白がるでしょうし、暇潰しには持って来いではありませんか」

「……っ」

「私も付き合いは長いですが、彼の信念や考え方からして『最も有り得ない事』かと思いますが」

相当焦って形振り構わなくなっているのだろう。クルルがここまで矛盾だらけの発言をする者をパートナーにするとは思えない。
だがキララは少しもやり過ぎたとは思っていない。自分に噛み付いてタダで済むと思っている方がどうかしているのだから。
だが自分の事を小隊からもガルルからも聞いていて、その上で噛み付くなら上等だ。『所詮はガキ』だと思い知らせるだけの話。
そもそも睦実とは一生自分とは関係が無いのだから、どうなろうとキララには全くどうでもいい。

「北城睦実さん、無理に納得せずとも結構です。これ以上喋らない方が良いのでは?」
「煩いなっ!!じゃあそんな大掛かりな治療だなんてクルルに何があったんだ!?」

ここでキララの笑顔がスッ消えた。話が全く前に進まないし、いい加減しつこい。
バサリとマントを翻し、全員にゆっくり視線を送る。
そして最後に睦実を真っ直ぐに見る。少しだけ意図的に殺意を込めて。

 


「私は【知る必要も話す義務も無い事】と申しました。要求は最初から1つだけ。『治療の邪魔をするな』と、たったそれだけです」

 

 

 

瞬間、キララの威圧のシールドが目に見えるほど強固に現れる。
理由を教えていないのだから知らないのは当たり前だが、説明する気など全く無いのは変わらない。
何度治療に来たと言えば済むのか。納得も了解も必要ないが、邪魔だけはされ無いように釘を刺さなくては。

「北城睦実さん…引き際くらいは、分かりますね?」

表情の消えたキララからの静かな口調。
静かだが、これ以上の質問も何もかもを一切許さぬ重みがある。
睦実も流石に口が開けない。恐いのだ。
恨めしそうに睨みながらも、口を閉じた睦実にキララが最初のような笑顔に戻る。

「良い判断です」

2人の攻防に夏美達は睦実が、小隊とガルルはキララがいつブチ切れないかとドキドキしながら見ていたら。
特にキララだ。ヤバいを通り越して皆殺しも十分ありえる。最悪本当に地球が塵になる。
キララは自分の邪魔をする者は部下であろうが徹底して排除し、相手が死のうが何とも思わない。

そういう【感情の作り】に自らを変えてしまっている。

 

それを知っているガルルが自滅覚悟でいざと言う時の事を考えていると。

 

「ぅわ来た…」

キララがその一言と同時に表情がとんでもなく嫌そうなものに変わった。ガルルも同様だ。
あまりに突然の事に残りは何事かと思っていたら。


  カっ!カっ!カっ!!カっ!!!


家の中からもの凄く早い足音が近付いてきた。
相当怒り任せなのか盛大にピンヒールを鳴らしている。
そして思い切りバンっ!!とリビングの扉が開く。留め金は見事に壊れた。

「2人とも何をダラダラ喋ってんのよ!到着したなら早くコッチに来なさいよね!?」
『「プルルちゃん!?」』

現れたのは、もうこれでもかと怒っているプルルだ。いつもの注射器に加えてメスまで大量に持っている上に、背後に怒りのプロミネンスが見える。
その様子に全員が恐怖に慄く。先ほどまでの辛そうで悲しげなプルルが頭の中で一気にガラガラと崩れていった。

元気で大きな怒鳴り声に、キララがもっと眉間に皺を刻み嫌そうな顔をする。

「プルル看護長、大佐は現在地球人達への挨拶の途中だ。それに任務遂行中だぞ。階級名を付けて呼べ」
「そんな余裕なんてこっちに無・い・で・すっ!!」

ガルルの言葉に両手に持っていたメスが勢い良くガルルとキララに飛んで行く。
凄いスピードで誰も見えなかったが、全員の耳にパキィン!!と激しくガラスが割れるような音がした。

これは耳の近くで銃弾並のスピードで物が飛んでいくときに発生する現象だ。

そんな事は知らないだろうが、とにかく視線を2人に移せば嫌々な顔でちゃんと全ての刃を受け止めていた。

「プルル看護長…流石に私も女です。上官だと言う事を抜いても、顔狙いに3本はどうかと思うのですが…」
「ただの八つ当たりです!なぁにが挨拶ですか!?見てれば殆ど睦実君をからかって遊んでるだけじゃないですか!!」
「少しじゃれただけです。八つ当たりはアナタの隊長であるガルル中尉だけにして下さい。あとガルル中尉、何故私を守らないのです?」

そう、護衛官なのに。
本来ならキララに飛んできたメスはガルルがガードするべきなのに、ガルルは自分に飛んできたものしか止めていない。

「私の方には6本飛んできたもので、手が間に合いませんでした」
「そう言えば【私を守る事は全くの無駄】でしたね。貴方の忠誠心は形として良く分かりました」

溜息を付きながらキララがガルルの分のメスも受け取り、同じ勢いでプルルに投げ返す。
合計9本のメスが見えないスピードでプルルに飛んでいくが、こちらも見事に全部受け取っている。
何という恐い事を当たり前のようにやってくれているんだと、残り全員の顔が青くなる。

『刃物は危ない』と言う認識が無いのかこの3人には。

「キララ大佐!遠路ご苦労様です!!早くコチラへ!!」
「そんなに怒鳴らなくても…あとまだ少し」
「まだ子供を苛めて遊び足りないと!?いい加減本気で怒りますよ!!」
「もう怒っているでしょう…。ケロン人が『挨拶もロクに出来ず礼儀知らずにズカズカ乗り込む野蛮人』だと思われるのは心外です。私は【大佐】と言う立場であり指揮権も現在は私に有ります。顔を合わせる以上、失礼の無いようにするのは当たり前の事。ですよね?小隊諸君」

キララがチラッとケロロ小隊一同を見る。
ケロロ・ギロロ・タママの心臓には思い切り言葉の矢が突き刺さっていた。ちなみに折り返し付きの矢なので絶対に抜けない。
何せケロロはそんな事は一切せずにズカズカ乗り込み、逆に見事捕まった挙句に晴れて日向家の【捕虜兼家政夫】と言う立場になったのだから。

とても顔を上げられない。

「目的は【クルル曹長の治療】。いくら地下でも家主の了解は必要でしょう?まぁ1人は無理のようですが問題ありません」
「だったらもう終わりましたよね?!全く!隊長も黙ったままで何突っ立ってんですか朴念仁じゃあるまいし!!」

 

あまりのプルルのいつも通りにガルルが若干イラっと来たが何とか堪える。

まだキララが演技中なのだ。

自分が先に崩れる訳には行かない。一発殴られるだけでは済まない。


「っ私のせいで地球人が警戒している。恐怖心を抜くのが大佐の役回りだ」
「不本意ですが、『このキャラ』もそう言う事ですから」
「あのですねぇ…大佐の今のキャラって『式典用』でも無いですよね?正直普段と違いすぎて本っ当に気持ち悪いです。さっさといつも通りに戻ってコッチ来て下さい!!」

平気な顔をして普通に豪速球でメスを投げ合う3人に対して、恐怖心が下がるとでも思っているのか…

目の前でのメスの投げ合いに言葉も出ない小隊と夏美達。

ただ呆然と立っていたら。

 

 

 

「さて…もういいですね。もう嫌ですこのキャラ…」

ふぅ、とキララが1つ溜息を付いたと思ったら。

 


「あ〜!つっかれたぁあー!!!!」

 


突然キララが場とキャラ違いな大声を出す。
何事かと小隊と夏美達が吃驚していたら、一瞬で軍服姿からラフな普段着に変わった。
Tシャツにショートパンツにミディアムブーツ。ウィッグも無くなり髪には茶のメッシュが現れる。
いつもケロロ達が見ているヤンキーお姉さんに大変身だ。

「はぁ〜、やっぱ肩凝るわ軍服。何でこうも動き辛いデザインかなぁ?機能性欠如にも程が有るだろ全く…」

腰に手を当ててダルそうに首を回すキララ。
間違っても先ほどまでの【礼節正しく柔和な大佐】では無い。絶対に無いがこのダルダルが本性だ。

「上級佐官はまずお前のように張り切って戦闘に出ないからな。背筋が伸びて良いだろう万年猫背が」
「うっせ。好きで【大佐】なんかやってませんー。私はあくまで【課長さん】なのー」
「ホントにキララちゃんって【大佐】って呼ばれるの嫌いよねぇ」
「だって兄者と一緒の階級だべ?それになんか偉そうな感じが嫌。性に合わない」

肩をゴキゴキと鳴らしながら全身ストレッチをしているキララ。
突然の衣装チェンジに口調の変化。顔は確かにキララだが、表情が全く違う。クルクルと良く変わる。
そしてガルルもプルルも完全にタメ口だ。
あまりの別人ぶりに、残りが付いていけずポカンとしていたら。


「さーてとぉ?こちらからの挨拶に誠意は十分に込めたつもりだ」

グ〜っ!と身体を伸ばした後、キララが夏美達の方を向く。

「小隊に加え地球人、これ以降私達には一切関与するな。そっちが何もしなければこっちも何もしないし、相手をする暇も多分無いしな。これだけ言ってもまだ秘密基地に入るような挑戦者には私自身が直々にそれなりの対応させてもらうぞ」

口調は静かで重みが有るが、表情とやっている事とのギャップが酷い。

欠伸をしながらまだ手首をゴキゴキ鳴らしている。

「…『それなり』って…例えば何をするんですか…?」

冬樹が100%聞いたら後悔する質問をしてしまった。

「そうだなぁ…。まぁ、手っ取り早く殺す。んで気が晴れるまで暴れる。確実に秘密基地は全壊だろうな」

平然と言ってのけるキララのあまりの言葉に絶句する地球人と小隊メンバー。
ケロロ達のように『ニョロロで拘束』等と言う生温い事は逆にキララの発想には無い。一発撃った方が早い。
何せキララには日向家の人間もケロロ小隊メンバーも『絶対に殺してはいけない』理由が無い。

【クルル】と【ジグソウ】さえ守りきればいいのだから。

 

「ふみゅ〜、寝起きであの笑顔キープは流石に顔が…つーか有る意味濃いキャラだったな。ありゃちょっと練習がいるわ…」

と言うか、そんな恐い事はムニムニと暢気に顔面マッサージをしながら言わないで欲しい。


「どうしてお前はそういう言い方しか出来んのだ!さっきのは何の為の挨拶だ!?」
「え、『お邪魔しますよ?』の挨拶じゃん。てかオブラードに包んでもしゃーなくね?ホントだし。これが私の素に近いし」
「それでも隠せ!っ、全員キララがすまない」
「夏美ちゃん達にケロロ君達!そんな恐い事絶対しないから!ホントよ!?」

事実本当にキララならやりかねないが、サラッと言ってしまうキララにガルルとプルルは思い切り後頭部をハンマーで殴られた気分だ。

「ふたりゃともにゃ〜にあしぇってんにょ?」

うに〜っ、と口の周りを伸ばしているキララの口調はあくまで普通だ。
キララにもちゃんとこの怯えている一同が見えているが、本人にとっては全くどうでも良い。

「お前のせいだろうが!怯えさせてどうする!?」
「秘密基地に関しては怯えて結構。入る気が失せる【魔法の一言】じゃん」
「匙加減を考えた言葉を選びなさい!!いつもの仕事と違って相手は子供なのよ!?」

喧しく説教してくる年上2人にキララがチッと舌打ちする。
キララはいつも最短コースで物事を進める。勿論『無理やり突破と相手の迷惑は当たり前』の最短コースだ。
その結果がこの全く相手の気持ちを考えない言葉使いだ。特に今のような初対面だとこういう事になる。

「そんじゃあさぁ、言わせて貰うけどー」

ムスーッと口喧しい2人にキララが口を尖らせて口答えする。

「他に何か良い言葉でもあったの訳?子供だから何?【私達は無害ですアピール】はもう十分やったし言いまくった。軍服まで来て礼儀も払った。優しさ満点のあのキャラでだぜ?これだけ言ってまだ分からんなら知った事かっつーの。子供でも十分理解出来る言葉で説明をした。なぁに庇ってんだよくっだんねぇの…」

欠伸交じりにジト目で睨まれたガルルとプルルがぐっ、と詰まる。
間違った事は確かに無い。先程の【大佐モード+相当過剰演技の時】はこれでもかと丁寧に接して十分に分かる説明をした。
キララを論破出来る者はいない。頭の回転が速く口達者で頭脳明晰とくれば当たり前だ。ただ、とにかく普段の言葉使いが非常に悪い。
しかもコレでもまだ言い方は柔らかくしている。この口の悪さで論破出来ない事を言うから憎たらしい。

「それに私もマジで命がけなんだ。作業中に下手に配線や電子系統に影響が出たら脳が吹っ飛ぶのは私だ」
「っそう、だけど…」
「完全にその事忘れてただろ。それでもソッチ側を庇うって?っざけんなっつーの」

 

 

お前達は一体『誰』の心配をしているんだ?

 

 

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