ずっと息を切らして走ってんだよ。

いつからかもう何も感じないくらい。



 まだこの身体、どのくらい持ちそうですか?




まだ止まれない。
見えないあの彼方を見るまでは。






Despair Worrying Producer]T







医療ドッグとのやり取りを終えた後、キララの行動はとにかく早かった。
ケロボールの力を大佐権力でフルに使い、部屋の中は一瞬でいつもの諜略課のような状態。
大量のパソコン達に秘密基地のハードシステムの全てをケーブルで無理矢理繋いでいる。
もはやここはプルルの保健室だった場所の『出張・第8課』だ。


「キララちゃん…流石にコレは上から怒られるんじゃ…」

あまりにも大量の事を一気に一瞬でやってのけたので、もう何が何だか分からない。
だがやっていい量では無い事くらいは分かる。

「終わったら戻しとけばいーんだって。結局今回は全て事後報告なんだし、上から怒られるのは兄者だし黙っときゃいーの。律儀に報告なんてしてたらバカ見るだけ」

ズガガガガ!と、キララが高橋名人(
1秒で16連打が出来たゲームの達人)など鼻で笑飛ばすスピードでゴーグルに端末をこれでもかと付けキーを叩き続ける。
マシンはデリケートなので勿論ソフトに優しく叩いているが、見ていると何だか工事現場のような音が勝手に聞えてくる。
猛スピードでデータを打ち込んでいる先は、先程弄ったクルルのイヤフォンの片側。

「黙ってはいるがケロボールの使用履歴で…」
「消す」
「…………」


普通ならそんな事は出来ない。
ケロボールは初期段階でその使用易さにより、勝手に必要の無い私的利用が問題になった。
手慣れた者には使用理由も『侵略目的』に書き換えられてしまい、それが全て経費で落ちてしまうと言う恐ろしい財政圧迫に軍は陥った。
なので現在は何重にも強烈なブロックが掛かっており、使用履歴の書き換えは絶対に出来無い。やろうものならケロボール自身から強烈な爆撃を受けるようになっているのだが…


「【ジグソウ】は凄いな…」

ガルルもプルルも完全に覚醒したキララに溜め息しか出ない。
【ジグソウ】が使える今のキララはあらゆる意味で無敵だ。自発的に切らない限りスーパースター状態が延々と続く。

「別に【ジグソウ】じゃないよ」
「えっ?」
「あのさぁ…私の立場、軍内警察長様だよ?」

キララが視線はモニターのままで、ダルそうな口調で答える。
だが手は止まらずズガガガガガ!と別の生き物のように動き続けるので、テンションとのギャップにこの光景はちょっと気持ち悪い。

「ケロボールの違反者が出た時に吐かせた内容と中身違ってたら困るから『正式に』データの見方を教えられたの。もし開発部や経理部に回しても、そこにグルがいたらアウトだから。詐称はこっちが困るし、あまり力で捻じ伏せたくは無いし向こうも嫌だろうし」
「えー凄ぉい!!だってケロボールの製造過程なんて超極秘じゃない!!」
「でっしょー?私ってばお偉いさんなの。だからコレは【ジグソウ】とは関係無し」

キラキラと感心の眼差しを向けるプルルだが、ガルルは完全にジト目で見ている。
『んな訳ねーだろ…』と、心の底から思っている目だ。

「…キララ、1つ疑問が残る」
「何だよ。忙しいんだから」
「内容を無傷で見られるまでは有り得るだろう。だがその先の【データ痕跡のデリート権限】まで【正式に渡されている理由】は何だ?それは侵略が終わった部隊が開発部に返して初めて消されるものだろう?」
「あっ?!」

そう言えば…、とプルルも止まる。
中を見るまでは仕事の関係で確かに出来るだろう。
だがその中身を消したり書き換えたりは絶対に出来ない筈だ。いくらキララでもその権限を与えられる意味は無い。


  「……。黙ってた方が身の為だとだけ言っとく」
  「今回に関してはそれが一番だろうな。キララ、【ジグソウ】は凄いな?」


責めるような背後からの言葉と「やっぱりね…」と言う視線がかなり痛い。
そして売られた喧嘩をキララが買わない筈が無い。

「てゆーかぁ!何か引っ掛かる言い方してくるけど別に悪い事して無いじゃん!?普段はケロボールなんか使わないし何その言い方!!逆に消さないとひっでー目に合わされる上に超罰金刑食らうんだから感謝しろよ!!」
「キャア!?」

いつから持っていたのか、キーボードーを叩いている癖に、いきなりキララからスパナが飛んできた。
ズゴン!と壁にしっかりめり込んでいるし、かなり正確にガルルを狙っている。

「怒ってないから!そうよね!!キララちゃんが正しいわよね!!お願い物投げないで!!」
「警察長のお前が軍罰物の事を平気でやるとは上も思わんだろうしな」
「うーるっせーな!ただ出来るだけだ!!普段はやってない!!」

第2投で飛んできたのは重たい金槌。
それもまたズン!と壁に埋まる。そろそろ本気で避けられるか危ない。

「隊長ちょっと黙ってくれます!?私達も一緒に厳罰に罰金刑!!」
「ほれ見ろバーっカ!困るのはコッチだっつってんだろ!?これだけやったら小隊解散に何階級も降格した上に金もスッカラカンにされて僻地送り!そんでも良いなら消さねぇよ!?」
「そんなの嫌よ!!是非消して頂戴?!お願いだから!!!」
「ちなみにお前はどうなる?」
「は?」

 

一瞬気の抜けたような声が出た後。

 

「別に何も無し。『グッバイ!ガルル小隊!!』ってだけ」
「えっ?」

ガルルをとにかく黙らせようと襲い掛かっているパニック状態のプルルに、キララはあっさりサラッと発言はかなりしっかり届いていた。

「ちょっと!!何でキララちゃんだけ無傷なのよ!?」
「え?だってやってる事全部正しく出来るし、何も違反らしい事も無い。全部【緊急時対応】って言葉を使えば済むし、私は元から外に出られ無いから」
「【ジグソウ】が僻地に行っても仕方無いだろう?それに俺達もキララと一緒にいるんだ。仮にケロボールの使用痕跡が全て残ろうが使ったのはキララで面倒な事後処理が待っているのもキララだけ。俺達が罪には問われる謂れは無い」
「そう…な、の?」

プルルの連続蹴りを受け止めていたガルルもあっさり答えた。
あまりに普通過ぎて、漸くプルルのパニックも止まる。

「何だよつまんねー。もう終わりか…」
「全て【ジグソウ】有りきだろうが。こんな事はお前かクルル曹長しか出来ん。そしてお前を止める事が実質不可能なのは誰もが承知だ」
「止められないならお前の存在意義って何だよガルル…。たまには変り種と殺り合いたいしー」
「だったらヴァイパーか?だがお前くらいだろ、あの天敵を『天敵と思わん』変人は」
「何が怖いのか逆に私に教えてよ。全然分かんないし、本能的防衛が働くってみんな言うけど…」
「お前はどこかに落としてきたっぽいしな。軍人として無くて幸せだ」
「そーお?でもコレ【ジグソウ】入れる前からだから、私ってどっかおかしいのか心配になる」

愚痴りながら相変わらずズガガガガ!とキーを叩き続けているキララ。
その様子にやれやれと肩の力を抜き、プルルの方に話を向けるガルル。


「プルル、冷静に考えろ。キララは後始末が面倒なだけだ」
「…キ、キララ…ちゃん?」
「あ〜…。だってさー、もしも始末書になったら嫌じゃん?面倒臭いし。元の仕事も今かなり大変だしやってられっかって話。つか私達の任務って【クルルのジグソウの破壊原因の究明】な訳だから。【ジグソウ】が絡んでりゃこのくらいしても何とも無いよ」
「だ、そうだが?」
「じゃあ…さっきのは…」
「あぁ、厳罰と超罰金刑とかの話?プル姐かなり信じたよね?!」
「〜っ?!」

ケラケラ笑うキララの背中に、もうプルルは方針状態だ。

「あ〜、面白っ。そんなの無いって。罪状が全部私を通して上に上がるんだから、私が黙っとけば上は何も知らない。さっきも言ったけど、私って警察長様だよ?」
「………」
「まぁ厄介事は黙っていれば全てキララが揉み消すと言う事だ。暫く地球にいたせいか取り扱いが鈍ったな?」
「ねー?流石にこんなにパニクるなんてちょっと罪悪感感じたけど何か新鮮だった…。星にいた頃はこの位全然だったのに」

ズガガガガ!っと変わらずデータを打ち込み続けるキララの背中が逞しい。


  「…隊長…免疫強くなりましたね…」
  「まだ死にたくはないからな」

日々性格が悪い方向へ進化しているキララ。
さっきまで泣きそうだった癖に…と思うが今回はプルルに敗因がある。
その驚異的な進化スピードを忘れていた。












「さて、楽しい会話も終わったところで本題に入ろうかと思うんだけど」

楽しかったのは明らかにキララだけだが、もうプルルはツッコミたく無かった。
何か言えば被害に合うのは自分だと言う事を完全に思い出したからだ。

「コレからは最初から本題にしろ。意外とプルルのダメージが大きい」
「ゴーメーンーナーサーイー。で、話」
「もぉ、何なのよ…」

1人で勝手に疲れたプルルは椅子に座って投げやりだ。
だがキララは変わらず続ける。

「本題。【クルルは今オペが出来ない】」
「あぁ、確かメンタルがどうのと…」
「キララちゃん、さっきのデータ見せなさい」
「はいよー。プル姐は見た方が早いか」

キララが1つグラフィックモニターを立ち上げる。
そこにはクルルの全体像と全てのパーソナルデータの数値が書かれていた。
それを見てプルルが真っ青になる。

「…ちょっと…これ、キララちゃんもこんなに数値が低かったって事!?」
「みたいねー。まぁ私は大分戻ってるし、私がオペを受ける訳じゃないから別に良いんだけど」
「はぁ、この数値じゃ叱られて当然よ……確かに睦実くんがいるわね」
「う〜ん。そう言い出しといて悪いんだけど、北城睦実でホントに大丈夫かなって不安でさぁ」
「悪いがどちらか俺にも説明しろ」

勝手に会話を続ける2人にガルルが割って入る。
軍人としての最低限の必要な医療知識しか無いのだ。専門医療の事など分かるはずがない。


「んー、今のクルルは簡単に言えば鬱かなぁ…。そりゃあもう【超!激鬱状態】な訳よ」

キララの説明を引き継ぐようにプルルがモニターのある数値を指差す。

「コレが今のクルちゃんのメンタル数値です。落ち着いた正常値は性格等には関係なく70〜80は保たれます。ですが現在は15%にも満たないかなり酷い状態です」
「んで、酷いと所謂『精神に支障をきたす』って訳だ。人によりけりだけど、クルルの場合は簡単に言えば鬱だね。暴れないだけマシかもしれないけど、死の恐怖を今も絶賛体感中だから数値の自然回復は無理。【ジグソウ】のお陰でメンタルは壊れてはいなかったけど、逆に正常判断が出来る分だけ非常に質が悪い。狂えないから時間が経つだけまだ数値は下がっていく」
「オペをするには最低でも40以上は必要だと考えられています。普通なら精神浄化装置を使いますがそれでもここまで酷いと時間が足りません。ジグソウオペになれば脳神経に関わるので60は欲しいんです…」
「そう言う事か。そして眠らせているしシンクロも負担が掛かるから事前カウンセリングも無理だと」

コクンと苦い表情でプルルが頷く。

「まぁそう言う事で、『ここは引き籠りを安定値まで上げさせてくれよ』って北城睦実に何とかさせようって話」
「早急にオペが出来るまで安定させないと体力の問題もあるので」
「成る程。【ジグソウ】が逆に邪魔になっているのか。厄介だな」
「まあハイリスク・ハイリターンだ。仕方無いって言い方は嫌いだけど、コレばかりはどうしようも出来ない。私が3のメインプレイヤーになれたから何とかシステムダウンさせようとも思ったけど、そうすると気が狂うのはクルルだ。…私には判断出来なかった」

 

キララ自身も身も凍るような死への思いを感じていたのだ。

正常判断が追い付けなかった。


「難しいところよね…。下手に狂った状態で【ジグソウ】を暴走させられたらキララちゃんも無事で済まないわ」
「話は見えた。だがお前はどうやって北城睦実とクルル曹長を繋げる気だ?彼は地球人であり、ジグソウが入っている訳でも無いんだぞ?」

シンクロは互いに【ジグソウ】が入っているから出来る技。
それでもかなりの負担が掛かるというのに、全く普通の脳にどうやって繋げるというのだ。

「…そう言えばクルちゃんから黙ってろって…」
「黙ってて死なれたら私らが死ぬほど困るんだっつーの!!」

キララの声と共に大きな電子音が鳴り響く。
クルルのイヤフォンからだ。
そしてキララが漸くゴーグルを外し振り向いた。

「二人のシンクロは私の【ジグソウ】を媒体にやる。イヤフォンの片方は地球人が付けても誰が付けても大丈夫に改造したし、今クルルから貰った記憶データとここにある『北城睦実』のデータも全て突っ込んだ」
「でも、そんな事…」
「弱気になるんじゃなぁい!!!」

バン!とキララが活を入れる。

「出来る・出来ないじゃなくて、『絶対成功させる』んだ。【クルルのジグソウ】を開けられるのは私しかいねーし、直列に繋いだら北城睦実は確実に死ぬ。そこで!仕方無ぇから【キララ様のジグソウ】を貸してあげんのよ……二人の逢い引きの為にワザワザね…」

最後の方はかなり嫌そうに吐き捨てた。
確かに他所のカップルの為に自分の脳を貸すなんて嫌で堪らないだろう。デートスポットにされたら最悪だ。
そこでイチャイチャされたら果たしてキララは耐えられるのか。正直シンクロよりそっちが心配だ。

「北城睦実は目隠しでもすればいい。クルルが見られたくないのは外見だ。問題は…」
「問題があるの…?」

余程で無ければ見せない深刻な表情のキララに2人も生唾を飲む。


「誰が此処に北城睦実を連れてくるかだ」


   プルル…メスを思い切り投げつけ殺そうとした。
   ガルル…発砲して同じくガチで殺そうとした。
   キララ…もはや言うまでもない。


3人に重たい暗雲が立ち込める。

「あぁもぉ!!こんな事なら我慢すれば良かった!今更必要って分かるなんて!!」
「…誰が行っても彼のメンタル数値を下げずには無理だろう…」
「流石に一番マズイのは私だろうしなぁ…」

大人3人が今更ながら『子供相手に何してたんだ…』と激しく後悔の海に溺れかけていたら。

「あっ!大丈夫だ居る!!私頼んでくるから!!」
「ちょっ、キララ!?」

叫んだ途端にあっと言う間にキララが超空間ゲートで向かった先は。

 


「良かったまだ起きてられる?!」
「えっ?あのっ?!」

ちょうどお茶を淹れて運ぼうとしていたモアだ。

「大事な頼みがある!お嬢さんしか出来ない大切な事なんだ助けてくれ!!」
「た、助けっ…私がですか!?」
「お嬢さんしか出来ないんだ!クルルを救うために!時間が無いんだ!ちなみにお嬢さんの活動時間も結構ギリ!!」
「わ、私で少しでもクルルさんのお役に立てるなら!!!」

必死に捲し立てるキララの話を聞いて、モアが急いで飛び出していった。
















「睦実さん…」
「…モアちゃんか。出てきて良いの?まだ1時間も経ってないよ?」

やって来たのは日向家の屋根。

睦実がいるとしたらここしか考えられない。クルルがいるとなれば尚更離れられないだろう。
そう踏んでやって来て、見事にビンゴだ。
辛そうな表情で起き上がり、無理やり笑顔を作っているのがモアには分かる。

「睦実さんを呼んでくるようにキララさんから言われました。来てください」
「俺じゃ無理だよ。頭悪いんだ。『役に立たない』ってあの大佐にボロッカスに言われたんだ」
「それは先程までの話で、今は必要だから呼ばれたんだと思います」
「俺に何が出来るかも分からないよ。それも分からないから、やっぱり馬鹿なのかなぁ」

天才と呼ばれ続けた睦実を完膚なきまでに叩き潰したのが良く分かる。
いつも纏っている自信がとても薄い。

「俺はクルルを助けられないんだ」
「それは『孤独な数字』が分からないからですか?」
「モアちゃんも問題出されたの?分かった?」
「分かります。単純なことですし、キララさんは睦実さんに答えて欲しかったと言っていました」
「単純とか言わないでよ…まだ考えてて分からないんだ。モアちゃんみたいに頭良くないんだよ」

『クルルを助けられない』と言うのが一番の爆弾だったのだろう。
ストンと、モアが睦実の前に降り立つ。

「頭が良ければ…幸せなわけでは有りません」

「え?」

 

いつになく真剣なモアの声に、睦実が視線を合わせる。

表情も真剣だ。

 

「クルルさんもキララさんも辛い思いをされています。私だって本当はとても悔しいです。結局クルルさんの為に自発的には役立てません」
「モア、ちゃん…?」
「頭が良ければ誰かを助けられる訳でもありません。知識でカバーしきれない事など山ほどあります」

キララが会話の端々で言っていた。

モアはちゃんとそれを覚えている。軽く言っていたがその一言一言が、考えてみればとても重たかった。

「私は地球から見れば異性人です。キララさん達もそうです。文明の差があって当然の事。私達アンゴル族はケロンより高い高度文明だったため、偶々ケロン語や地球語が分かり、偶々問題に答えられただけです」
「…モアちゃん…」
「そして偶々睦実さんは地球人で私たち異星人から見れば文明が発展途上だった。それだけです。地球内でも国によって格差はあります。なのにどうしてそんなに落ち込むんですか?当然の事じゃないんですか?」

「…だけど…」

「確かにその【当然】をそのまま受け止める事は怖い事だと思います。睦実さんは頭が良く環境も整った日本で生まれ育ちましたから。いきなり貧困層にでも突き落とされた気分かもしれません。ですが、頭が良い事がそんなに素晴らしい事ですか?」
「…………」
「頭が良くても仲間を救えないなら意味は無いと思います。私も…きっとキララさん達も、睦実さんの敗北感の何倍も苦しいです。どれだけ知識があっても私達では助けられず『睦実さんにしか無理』なんですから」

モアはキララと話して良く分かった。
明晰な頭脳がどんな悲劇を齎すか。そしてそれでも何も出来ない敗北感の強さ。
キララは相手を過大評価も過小評価もしない。ただそれぞれが『一番出来る事』を瞬時に見つけ出し、それぞれの力が最大限に発揮される敵陣ポイントに置いて事を進めていく。
まるでチェス版の上を歩かされるようだが、歩かせるためならキララはどれだけでも自分を貶める。それで上手くいくならどんな仮面でも付ける。
最高の騎手(プレイヤー)だ。弾いた駒でさえ、味方ならば弾かれたと思わせない。


   そして騎手は
   孤独だ。


キララは言わないし、クルルに重点を置いていたがモアには分かった。
それに「羨ましい」と言っていたのも聞えていた。


「睦実さん、クルルさんを助けてください」














そして数分後。

「睦実さんをお連れしましたぁ!てゆーか、捕獲完了?」

保健室前でニッコリ笑うモアの後ろには縄でグルグル巻きにされ猿轡を噛まされている睦実がいた。
相変わらず手加減の無いモアに入り口で待っていたプルルの表情も引き釣る。

「本当に『捕獲完了』状態にしなくても…。モアちゃんありがとう」
「はい!では本日はそろそろ擬態も限界なのでお先に失礼します」
「え、えぇ…お休みなさい…」


ペコリと礼をして、取り合えずモアが立ち去ったところで。

「ちょっと睦実くん大丈夫!?すぐほどくから待ってて!」

とにかくプルルが急いで睦実を解放する。

「プハッ!な、何だったのモアちゃん!?俺が何を…」
「えーっと…私達は、『睦実くんを呼んできて?』って頼んだだけなんだけど…。ちなみにどうしてこんな状態で…」
「『クルルさんを助けてください。…てゆーか、睡眠不足?』の次の瞬間に何処に行くかも言わずにコレ…」

そうか眠かったのか。何と不憫な捕獲に理不尽な連れ去り。
プルルの心がかなり痛いが、下手にテンションが下がってないだけ有難い。
睦実のメンタルまで下がっていたら、シンクロしても意味がない。クルルのテンションを上げてもらわなくてはいけないのだから、マッタリされても困るのだ。

「此処さ…秘密基地なのに、俺が入ってもいいの?」
「クルちゃんを助けて欲しいの。睦実くんにしか出来ないから」
「それもモアちゃん言ってたけど…」

睦実が若干よろけながら、なんとか立ち上がる。

「あれだけ散々『使えない』って言ってて手のひら返し?流石に信用出来ないよ」

睦実の声色で感情がどう揺らいでいるかはプルルには良く分かる。皮肉を言いながらもクルルの為ならと。
だからこそプルルも引かない。引いてはいけない。

帰して堪るか。

「私達を信用する必要なんか無いわ。ただ『クルちゃんを助けられるのは睦実くんしかいない』のは本当なの。時間がないのよ」

体力とメンタル数値の低下は終わる事が無い。
1秒でも早くクルルとシンクロして欲しい。

「……。クルルが、中にいるの?」
「えぇ。地球上で…宇宙でも今のクルちゃんを助けられるのは睦実くんだけよ」
「ちょっ…そんな大役をいきなりっ」

何とかプルルが穏便に説得を進めていたら。


  「っだー!!まどろっこしいなテメェ!!それでも男かタマ付いてんのか!?」
  「うわぁっ?!」
  「キララちゃん!?」


ドカンっ!!と勢いよく扉を蹴破り、一番鉢合わせてはいけないキララの登場だ。

「隊長何してっ!?」

急いでキララがケロボールで扉を作る。
その瞬間に見えたガルルは完璧に倒れていた。若干血らしきモノまで見えた。

「中から見てたがアンゴル族のお嬢さんのやり方が酷かったのは私の人選ミスとして謝る。説明もろくに無しであれは酷い」

いきなりの登場と登場の仕方のせいで腰が抜けた睦実にキララが静かに謝る。
たがソレはソレ。

「だーけーどーなっ!!謝るのはこれだけだ!クルルに会いにさっさと夢の国へ行く準備と度胸と根性入れろ!!『恋人は自分しか助けらんねぇ』って1回聞けば即座に動け彼氏失格!!」
「なっ…そ、そっちが無理だって散々虚仮にしたんだろ!?何をするかも聞いてないのに!!」
「ウダウダうっせ!!虚仮にされたならやり返す度胸も無ぇのかヘタレが!!愚痴て無ぇで早く気持ち固めろ!!んで目隠しだ!!プル姐やれ!この餓鬼ラチあかねぇ!!!」

パチンとキララが指を鳴らした瞬間。

「ごめんなさい睦実くん!!」
「うわっ!?ちょっと何なの!!」

何とも哀れに睦実は目隠しをされ、その上今度は縄の変わりにニョロロで拘束だ。

「何すんだよ!?」
「何も用事がなきゃ呼ぶかボケ!!目隠し程度でビビってんじゃねぇよさっさと来い彼氏失格!!」
「見えないのに何処に行くんだよ!?」
「ケロンの科学で夢の国へご招待だっつってんだろうが!急げよ!!」
「あの、む、睦実くん…コッチだから安心して…」
「無茶言うけど出来ないよ!?」
「よね…ゴメンね…」

そう謝りつつもプルルは肩を抱き、睦実を無理矢理室内に入れて座らせる。
キララが矢鱈と挑発するのは勿論睦実のテンションを上げるためだ。
プルルにもインカムで事前に伝えてある。むしろテンションがかなり低いのはキララなのだ。
これから仕方無いとは言え、2人の『いちゃラブ砂吐き劇場』の為に自分の【ジグソウ】を使われるのだから。


 

 

 

 

 

 


「よしプル姐、腕ほどいてやれ。テメェ逃げんじゃねぇぞ?目隠し取ったら目ぇ潰す。逃げたら何処までも追い掛けるからな?」
「だったらせめて何をするとか説明くらいしてよ!クルルそこにいるの!?」
「ゴチャゴチャ煩ぇ!次に下手に喋ったらぶっ殺すぞ!!」

もはやヤクザ以外の何でもないキララの口調にドスの聞いた声だが、キララが無理矢理テンションを引っ張りあげているのは一目瞭然だ。
睦実には見えてもただキレているようにしか見えないだろうが、長年付き合っているプルルには分かる。
成功するかどうかも分からないケロン人と地球人のシンクロの負担がどうなるか分からない。
砂吐き劇場で済むなら安心だが、それで済むとは思っていない。未知数だらけでちゃんと2人を無事にシンクロさせられるか、解除出来るかも分からない。
一番キツいのは、やはりキララだ。


(キララ…大丈夫かお前…)

とっくに復活しているガルルがインカムで話し掛ける。
目隠しの睦実に自分の存在が分かったら恐怖心しか残らないのは分かっているので、完全に気配を消している。

(ガルル…。…殴って…ごめん…)
(今回は謝らなくていい。全く力も入っていなかったからな。それより『今のお前自身が大丈夫か』と聞いているんだ)
(キララちゃん、あまり無茶してシンクロ中にキララちゃんの【ジグソウ】が…)
(全部未知数だけど、やらないとクルルが助からないんだ。助けるって約束した)

不安げな二人に少し笑ってキララが真剣な表情になる。
命懸けだ。

キララがゴーグルを付け、必要な端末を付けて全ての電源を入れる。

「はい、睦実くんコレを耳に掛けてくれる?」
「何これ…イヤフォン?片方だけ?」
「それで夢の国に行くんだよさっさと付けろ。王子様はお姫様を助ける義務があんだからよぉ」
「だから、さっきから説明してって言ってるじゃんか!!」
「ハッ!言葉のまんまだっつーの!!たったあんだけで腰抜かしてた癖に吠えんな彼氏失格!!」

「その呼び方止めてくれる?!」

無理に大声を上げて出来るだけ機械音を潰していく。
睦実に不安を与えてはいけない。


(あーあ、子供相手に何言ってんだか。後で思い返したら傷付くよこの子。サイテーだわ…クルルに超怒られる)
(キララちゃん…)
(プル姐、ガルル、何かエラーが出たら優先順位は北城睦実だ。一番耐性が無いから危険だし脳に後遺症なんて絶対防ぎたい)
《了解》

あとは、やるだけだ。

「アナタね!仮にも女性なんだからその言葉遣い直したら!?不愉快極まりないんだけど!」
「じゃあ今の心境を言葉に乗せてみな似非ポエマー!!」
「っ…直ぐに作る!!」

このテンションを保ってくれれば、何とかなる。

「あぁ…全部終わったら聞くよ」
「えっ?」

突然キララの優しい声色に睦実が聞き返した。

  「頼む、怯えたクルルを安心させてやって?」


   【ジグソウ3及び5】オープン。
プレイヤー・キララ。コントロールタワーを5にリトライ。

ゲスト1・クルル。ゲスト2・ムツミ−ホウジョウ。ゲストプレイヤーのシンクロスタート


ヒィンとジグソウが開く。