機械音に囲まれる中、突然脳内で響いたのは。

「クッ?!」


光を求めて夜の電柱に群がる蛾達が。

 


触れ落ち呆気なく命を落とした様な音に似ていた。


 


  ―嗚呼、俺の命も所詮そんなもんか




Despair Worrying ProducerT








ケロン軍参謀本部・第2部諜略課。通称【謎の第8課】。
軍が滅びないと一生終わりなど無い仕事に、今日もこの部屋のボスであるキララが立ち向かっていた。

「終わらん…」
「だろうな」

任務名は【キララ大佐の護衛官】であり、実質【キララ大佐の暴走制御役】だが一度として止められた試しがないガルルも居た。
こっちはこっちで自分の仕事をしていてキララなど見ていない。無駄だからだ。

何度も悪戯のとばっちりを食らって、最悪骨折までしているのに結局止められない。しかもキララは巻き込んでも一度として謝った事が無い。

 

≪私を止めようなんざ、お前じゃ一生無理に決まってんだろバーカ!≫

わざわざ病室に来て自分の包帯姿を見て遠慮無くゲラゲラ笑う上にこの台詞。

いくら任務には徹底しているガルルでも、この態度は流石にキれるを一瞬で通り越して溜息しか出なかった。

だから最近は何をしても無駄だと諦め完全に放置だ。

すると放置し始めた頃から回数が格段に減った。その代わり威力を全く考えなくもなった。

ここで漸くガルルは『全て自分のリアクションのせいだった』と気付いた。

侵略部隊にいた時代も多少はジャイアニズム精神があいたが、参謀本部に入ってからはその凄まじい攻撃力が全てイタズラと苛めへ流れている。

何様だと言えば『キララ様ですけど?』と即答するし、実際に軍部階級でも【大佐】と言う自分より5つも上の上級佐官なのでガルルは何も言えない。

と言うか、言わない。

下手に口走ったその一言を引き金に、何をされるか分かったものではない。

 

「はぁ…ガルル、コーヒー淹れて。熱いのがいい」

「ここのコーヒーメーカーはホットしか出ん。俺も貰うぞ」

 

自分の分もついでにと、ガルルがコーヒーメーカーに歩いていく。

 

「今度エスプレッソマシーンでも買おうかなぁ…。いっそ部屋に自販機置くとかどう?」

「お前自身がエスプレッソは飲まんし、自販機を置いたら毎日業者が中身を補充にここに来るがそれでもいいのか?お前の一番嫌いな【金の無駄】だ」

「何だよー、ちょっと代わり映えが欲しかったから言ってみただけなのに真面目に答えんなよなぁ……でも業者はウザイし却下だな」

 

外部の業者がたかが1つの課の為に毎日来るなど、根本的にまず上が絶対に許す筈が無いのだが。

キララならその無茶を意図も簡単に通す巧妙に計算され尽くした話術に見た目に実力その他、最終奥義【ごり押し】も習得済みだ。簡単に通すことが出来る。

伊達にケロン軍の【軍内警察長】、そして機密最強裏部隊である【諜報略奪部隊】の隊長ではない。

「はぁ…もうちょい何とかならんのかウチの軍は…」

 

軽い欠伸と止まらないキーを叩く音。


「それを縛り上げるのが軍内警察の【諜略課】としてのお前の仕事だ。働け」
「これだけ働いてる『大佐』なんか他にいないっつの…。超真面目にデスクで仕事。私偉いでしょ?最近悪戯兵器を作る暇も無ぇってどういう事よ…」
「その悪戯により多大なる被害が減って大変良いことだとしか俺は思わんがな」

「バッカじゃねぇの?そんだけ軍罰者が多いって事だろうが…。もー、パーツも全部手に入れたしあとは組み立てるだけなのにさぁ」


一般軍人でも装着した瞬間に脳が破壊される程の情報量の詰まったゴーグルに大量の端末。
途方も無く飛び込み過ぎてくる違反者達の分だけ端末は増えてモニターも増える。
直ぐに処理して端末を外すが、直ぐにまた新しいのが入ってくる。モニターはともかく端末は流石に頭が重たくて仕方がない。

 

「ちなみに仕掛ける相手によっては即お前の部屋に行って全てを回収するつもりだが、誰だ?」

「何を言っているんだい紫の君?」

 

何とも優しく暖かい、そして気品に溢れる声だ。

この声と美しい容姿でケロン軍のほぼ全員が【キララ大佐は強く華麗な女性模範軍人】だと騙されている。

 

「テメー以外に耐えられそうな奴が居ねぇんだよ。威力計算したけどちょっとマジすげーぞ今回は。毎日防弾チョッキくらいの覚悟しとけよぉ?」

 

実際は軍服大嫌いで全く着ることは無いし、毎日ルーズな私服で言葉遣いもヤンキー丸出しだと言うのに。

ドスの効いた声で魔女のように笑うキララに、防弾チョッキで果たして生き残れるか定かでは無い。

砂糖とミルクを入れながら、相当の覚悟を決めなければとガルルが気を引き締める。

ここ2週間ほど本当にキララは忙しく真面目に働いていた。ストレスを考えると仕掛けが発動したら衛生局行きは絶対に免れない。

「あーもー、面倒臭い。全員纏めてケツ爆竹なら早いのに…」
「それは絶対に止めろ。衛生局が混乱する」


粉々にされたケツばかりを大量に治す衛生局員もさぞかし嫌だろう。想像もしたくない。

だがこの勢いだと本当にやりかねないからこの女大佐は怖いのだ。殆どの事は有限実行してしまうので、上級将官でさえ彼女を恐れる。

単純に女性として恐い。
重たいゴーグルを外した下からは、美人は美人だが大変不機嫌で今にも暴れまわりそうな顔。ガルルには仕事内容など分からないが、とにかく量が凄いようだ。

 

「でもさ〜ぁ?1回くらいやった方が見せしめになんない?火薬の調節でケツっつーか脊髄ごと腰が吹き飛ぶ事だってあるんだぜ?内臓飛び散るスプラッタ」
「その火薬調節と吹き飛ばしたあとの清掃が大変だから可決にはならん。その前にお前には罪状決定権が無いだろう?捕まえるだけだ」

「だーけーどぉ!!つかもう、いっその事アイアンメイデンにでもぶち込んじまえって話!!数足りないなら作ってやるから!!」

 

キララがボスっ!と自分が隠れるほどの大量の書類の山を叩く。

 

「この人数の7割は【私からの厳重注意】!1割は確実に【死刑判決】だ!!この人数だぞ!?次の上層部会議で絶対私がイヤーな目で見られるんだぜ?!『何回軍法裁判や処刑をやらせるつもりだ!』って眼で見られてさ!『ンな事知るかよ!?』って感じじゃん?『テメー等の指揮官能力に聞けよ』って話!それか『私に罪状決定権をくれ!』って事!!」

「そしたら全員ケツ爆竹かアイアンメイデンに突っ込む気なんだろう…」

「だって面倒臭いもん!【厳重注意】や【説教部屋呼び出し】も個別だから相当辛いし!!」

「ならそうやって上に掛け合ってみたらどうだ?」

「何回言ったか記憶に無いね。それに今回は【特刑】としてもかなり動く事になるし…。とにかく、私がすっごく嫌な目に遭うの!分かる?!分かんなくても良いけど、私は今この滾る熱いパトスと怒りとストレスの行き場を切に所望するよ全く!!」

 

特刑とは【特別死刑執行官】の略だ。キララだけに与えられている、上層部が表立って裁判で死刑を出しにくい相手や、アウター(一般生活区域)に逃げた処刑対象者をその場で処刑できる権利。

殺しならばアサシンと言う暗殺部隊が存在するが、彼らの殺しは『敵性宇宙人に対して』と位置付けられている。味方殺しの許可は出ていない。

勿論突然見つかった裏切り者を殺す事も有るだろう。だが本来ソレは許されない。必ず軍法会議に上げる規則が有る。

だがキララの場合は最初から【許可】を与えられている。

簡単に言えば現在のケロン軍は、面倒事や極秘裏な事は全てキララに丸投げにしている状態なのだ。

 

 

「そのストレスの行き場は具体的にどう言うものがいいんだ…」

「取り合えず身近なところでさっき言ってた悪戯兵器を組み立てて、ガルルを爆殺出来るかどうかの実験」

 


文句を言いながらもジト目でモニター、片手はキーボードから離さないキララ。
どうやら次の上層部会議までは本当に休んでなどいられないようだ。そんな上司にコーヒーを差し出しながらガルルも溜め息が出る。
こうして休憩が出来ないほど違反者がいる事は大いなる問題だが、ある意味そのお陰でキララが変な事をしないし作らないから自分の命が助かってもいる。
今やこのケロン軍と言う組織の統制はキララ1人の両肩に掛かっていると言える状態だ。

肥大化しすぎた組織を崩れないように隅々まで縛り上げているのは、彼女の率いる諜報略奪部隊だ。そしてソレを纏め上げるキララの実力があってこそ。
アサシンのX1の中でも選りすぐった人物だけで構成されている、上層部もメンバー構成は誰も知らない、一般兵は存在すら知らない最強裏部隊。

 

「ガルルー、火ぃちょぉだぁい〜…」
「休むなら目も手も止めろ」

差し出される煙草に火を付ける。
御茶汲みにキララの我が儘。すっかりそれに慣れてしまった自分がガルルはかなり嫌いだ。

「止めたら残業DEATH。私はしない派を貫きっ」

   ブッ


  小さな音だが脳に直接に入った恐怖の音。
  同時にキララの右目の視界が消えた。

「ガルル伏せろ!!」
「―っ?!」


   ボンっ!!


伏せたガルルの上で何かが爆発した。
何が起こったかは毎度の事なので特に驚く事は無いし、キララの安否の確認ほど無駄な作業も無い。

「っちゃ〜、早かったな今回は」

立ち上がれば片手で鼻や口元を押さえ、独特の臭いや飛び散る破片をパタパタと手で払っているキララ。
その右目は虚が広がり配線がいくつも垂れ下がっている。切断部分からパチパチと音が鳴っていた。
デスクには黒焦げになっている何かを突き刺したであろう1本のペン。どうやら今回の被害者はこのペンのようだ。

「あービビったぁ。もぉ!お気に入りのペンだったのに手元にコレしかなかったってサイテー」
「逆に何も無かったらどうするつもりだったんだ…。ラインカットもせずに突き刺してくり抜いたのか」
「流石に痛覚はダウンしたからヘーキ。つーかパチパチ煩っ!」

突然爆発したのは、キララの義眼とコンタクト。
切れた配線から激しくスパークが炸裂している中、キララは耳元に手を寄せる。


  「【ジグソウ】、声紋認証にリトライ。≪プレイヤー・キララ≫」


瞬間、キララ自身から電子音が静かに鳴り始める。

「右眼底神経ライン破損。破損部エネルギーは24%まで縮小起動。眼底より神経系統への遮断壁オープン。自動復旧モード及びダメージリポートを作成。以上」

そう言うと切断面の電力は落ち、キララもホッとした表情に戻る。

「あーあ、普段ならに思うだけで【ジグソウ】が勝手にやるのに、声紋認証って一々台詞長いし面倒臭っ」
「嫌がっても仕方ないだろう。ったく、もう見慣れたから何とも思わんが、いくら義眼とは言えいきなり抉り出すなんて正気の沙汰じゃないぞ?」
「仕方ないじゃん爆発するんだもん。顔が吹っ飛ぶよりマシ!」
「いい加減コンタクトは諦めたらどうだ?」
「嫌だね!あんなクルルみたいなダッサイ瓶底眼鏡なんて!!」


ケロン軍で【鬼才】と呼ばれる者は現在2名いる。【クルル曹長】、そして【キララ大佐】の両名だ。

そしてその2人には人工的に脳内神経が多数張り巡らされている。
いくら天才でも脳は1つ。情報処理にも限界がある。

   そこで【偉大なるケロンの科学】は直接脳のヴァージョンアップを試みた。

全て電気信号で動いている脳に更に人工的な神経ラインを付けて、膨大な情報量にも耐えられるようにすればいいと。
ゲノム解析にクローン技術。そんなもの、時代遅れも甚だしい昔話であるケロンの科学なら容易いことだった。
勿論スーパーコンピューターも軍にはあるが、人工知能の作成にかなり手間を取る。
【誰】の【どの部分】を基礎メカニズムにするかで中身が大きく変わってしまうし、人工知能が軍にとって上手く成長するとも限らない。

それにスーパーコンピューターでは駄目なのだ。何十台つなげて処理能力を上げようとも、それは所詮機械。予期せぬエラーに即座に対応出来るかと言えば否だ。

処理能力に加えて【状況判断力】・【行動力】というものが無くては存在の意味は無い。

偉大なる科学は同時に医学も発達している。
両方を兼ね備えているからこその出来た業。


自らの脳とスーパーコンピューター以上の処理能力に耐えられる脳を持つ者。

自我を貫き、心がマシンに飲み込まれないタフさを持つ【鬼才】。

システム名は【ジグソウ】と名付けられた。


現在ケロン軍でマザーシステムを『表』とするなら、ジグソウシステムは『裏』と言える。




 






「はぁ〜、何とかコンタクトの機能上がんないかなぁ?今回はかなり自信作だったんだけど…」

爆発した右目義眼の虚に眼帯を付けるキララ。
急いで配線ごとぶち切ってしまったので、誰か技師に頼まないと義眼が入れられない。
ケロンと言う星の中で義肢を付けている者は少なくない。別に珍しくも無い。失ってしまい不便なら、それを補うのは当たり前の処置だ。

なので義手や義足の分野では相当の発展を遂げている。付けていても分からない程高精度な出来であり、装着しても少しの練習で直ぐに馴染む。

だがそれはあくまで外見の話だ。【脳】を機械で囲んでいるのは現在【鬼才】と認められたクルルとキララしかいない。


「そんな薄っぺらいコンタクトで情報処理など追いつける訳無いだろう」

やれやれ、と言ったガルルの言葉にキララが無事な左目が睨み付ける。
現在キララは義眼とコンタクトとゴーグル。この3つでゴーグルに接続しているプラグからの情報を処理している。
だがそのコンタクトはとてもではないがキララの仕事情報量をカバーできる耐久性は無い。

だからこうして毎度毎度、コンタクトの巻き添えに義眼まで爆発する。


「だーってさぁ!義眼に眼鏡にゴーグルって何のトリプルコンボな訳ぇ?!ただでさえゴーグルの軽量化に勤しんでるんだぞ?」
「ゴーグルよりもプラグの軽量化の方が早いと思うのは俺の勘違いか?」

「うっ!?…ガ、ガルルの癖に正論…だとっ!?」

「【癖に】は余計だ。もう軍内のプラグやケーブル達も老朽化が進んでいるだろう?旧式を全て取っ払ったらどうだ?」

 

ガルルの言葉にムリムリ、と残念な顔をしながらキララが手をヒラヒラと振る。

 

「…工事費をさ、1回計算した事あるんだけど凄いって言うよりもうヒクよ?数字見たら。その上工事で1ヶ月ぐらい本部が完全に使い物にならなくなる。その間に敵性宇宙人に攻め込まれたらケロン終了のお知らせですけど…」

「誰も1回で全ての場所を同時にやれとは言って無いだろうが…。部分的に少しずつ進めればいい」

1度に一気に終わらせないとアウト。ガルルが思う以上に相当複雑に絡んでんのよ。『局ごとに』って分かれてるならまだマシだけど全部複雑に繋がってんだ。下手に部分的な入れ替えなんてしたら大混乱必須。んで、やっぱBADENDで終了。その中でも自滅ENDだけは絶対嫌」

 

 

【ジグソウシステム】の成功は、脳をヴァージョンアップさせるほど価値の有る天才が2人しかおらず、その2人が程よく適当な性格だった為チャレンジした結果だ。
処置自体の危険性は計り知れない事は勿論承知の上での手術だ。だがそれでも2人はそのオペを受けた。失敗して死ねば終わりの『ただの暇潰し』として。
天才はつまらないのだ。学問は虚しく何もかも直ぐに理解してしまうのが退屈で仕方ない。


   成功した2人は【鬼才】の頭脳を手に入れた。
   しかしその代償に、生まれ持った瞳と耳を失った。

クルルは分厚い眼鏡を掛け焦点が上手く合わない事を紛らわし、耳は常時イヤフォンを外さない。
キララは『眼鏡がダサイ!』の一点張りでコンタクトの開発に勤しみ、今のようにゴーグルを付けていない時は常に義耳を付ける。
それぞれで視力・聴力を補って生活している。


「確率は?」

「自滅ENDの?んなもんどう考えてもMAXの100・回避率0。唯一の回避方法は最初から【ケーブルの総入れ替え工事】を選択しない事。もしこの自滅END選択をしようとするなら、まずは参謀本部と衛生局がスト起こすって」

「そしてそのストライキの代表者はお前と言う訳か」

「いや?私はコレを口実に休暇取って寝る。スト代表って言ったらウチの総長殿か衛生局長殿じゃないのぉ?ウチは参謀本部。オールマイティに情報命。精密機械も多い。衛生局は患者の情報以外にも医療器具にも大いに問題が出る。下手に弄られたらっ…ぁ…あ〜!!」
「今度は何だ?」
「左もロストした…」

『視力』として見えなくなったのだろう。
今のキララには全てが0と1のパソコン表記された記号にしか見えていない。
読み取ることは勿論可能だが、真っ暗な中にひたすら0と1の二つだけの数字の世界だ。
視力として見ている時と変わりなく理解は出来る。ただ読み取るのは時間が掛かるし距離感は掴めないしで、非常に頭が疲れる。

「無理矢理配線ごと切れば左もそうなるだろうな。それだけで済んで良かったと思え」
「うぁ〜…もーヤダぁ…残業決定じゃんかぁ…」
「その状態でもまだ仕事をしようとよく思えるな…。だが今は仕事の前に衛生局が先だ。行くぞ」
「はーい…」

 

 


ガルルに手を引かれ、超空間ゲートで衛生局へ。
無理にくり貫いたので右目の空洞から雑菌が入れば大変な事になる。
そのまま人工神経にくっつき脳に入り込んだら【ジグソウ】も脳も壊れて一大事だ。


 

 


「キララ大佐だ。右目義眼が大破した。ラインも相当切れているから修復作業出来る者を急いでくれ」
「分かりました!!」

勿論キララは【大佐】の格好をしなければ誰だか分かって貰え無いので軍服だ。
これがまた嫌で堪らない。『軍内私服推奨委員会会長』(勿論そんなものは無い)を名乗るキララには拷問に近い。
新人から無理矢理カリエスウォーの餌食にされる気分だ。萎える。

「オペ【DT
4】…はい、キララ大佐です。義眼入れ替えのオペをと……はい、直ぐに!!」

 

内線でパタパタと受付が慌しくなって来た中で、2人が静かに待合の椅子に座る。

勿論キララは【大佐】であり、オペ内容は【ジグソウ】だ。

元々滅多に表に出ないキララが表入り口から堂々と行く訳にはいかないので、一般軍人の出入り口とは別の将官クラス専用の入り口から堂々と入った。

キララは佐官だが、ここから入る権利も実力もちゃんと有るので誰も文句は言わない。

 

「ガルル、他の自滅END教えてあげよっか?ケロンなら一撃アウトの自滅END

「まだその話か…。星ごとアウトはあまり聞きたく無いが今後の対処法として聞いておこう。何だ?」

「EMP攻撃」

 

片目の大佐はニヤリと笑い、紫の中尉は顔が青くなる。

軍人なら誰もが訓練所で習い、一般人でも軍オタなら絶対に知っている。ケロンにとって破滅しか待ち受けていない超が付く【絶対禁止行為】だ。

 

「…止めてくれ…ソレは本当に洒落にならん」

「私がケロンを滅ぼそうと思ったら絶対にこの方法だ。そしてケロン人という科学に溺れた人々がどう行動するかを見届ける。何処まで野生に堕ちるかね」

 

EMP攻撃とは【電磁パルス攻撃】や【高高度核爆発】とも呼ばれる現象を指す。

大気圏上層で核弾頭を爆発させるとガンマ線が大気分から電子をはじき出すコンプトン効果が起こる。

飛ばされた電子は星の磁場に捕まり広範囲へ放出される電磁パルスを発生させる。

その効果は電子装置にとっては致命的だ。アンテナになりうるものから伝わった電磁パルスで集積回路が焼けてしまう。

 

「趣味が悪いにも程が有るぞ…」

 

PCもケータイもまず全滅。

電子制御を取り入れている乗り物は動かないし、発電所もまず無理だ。

ネットワークは全て崩壊し、電子機器は何も動かず、ケロンと言う科学の星は全てが停止する。

勿論他星からこの攻撃をされる想定はされているし、星全体に対策や防御壁はされているが、それでも恐ろしく笑えない冗談だ

そしてこれは冗談では無いのだろう。キララが言うからには必ず抜け穴や方法があり、この攻撃を仕掛ける事が出来るという事だ。

 

「そーぉ?楽しいじゃん。【3ステップ】を踏めばクリアの超発禁ゲームだね」

 

電気が使えなければ、まずは食材確保から必要になる。冷蔵庫が動かないから直ぐに腐る。水だってそうだ。

移動手段もクラシックカーのようなものならまだ動くが、生憎ケロンにそんなものは無い。

天気でさえ気象マシンで制御されているケロンの人々が、突然の気温の上下や雨に嵐。自然現象に一体何処まで耐えられるか。

 

「まず【第一ステップ】。一般人は軍に助けを求める。だけど軍だって何も出来ないさ。それをまた人々は糾弾する。直ぐに人々は暴動を起こすだろう。その暴動を鎮圧するには銃が適切だ。でもエナジー銃は使い物になら無いしビームサーベルも駄目だから武器は相当限られる。勿論次元空間も使えない。だが軍人だし体力や力は一般人よりあるから軍が『絶対権力』として人々を支配する事になるだろうね。逆らうなら殴り殺せば良い。ケロンを『守る存在』から、ケロンを『支配する存在』に変わる訳だ。オーケー?」

「………」

「さて、ユニットも全滅している中、軍の中でも上下関係が滅茶苦茶になる。偉いのは椅子にふんぞり返っていた総帥でも将官共でも無く、即座に薬莢弾薬で撃つ旧式タイプの銃と弾薬、ナパーム弾、バットや包丁でも十分。あとは薬品劇薬類も使えるな。とにかく【旧式武器・医療道具の確保に成功した者】に変わる。階級も崩壊。統率者の座を狙って頭も身体も良く動く者が生き残るバトルロイヤルが勝手に始まるだろう。限られた食料しかない中で仲間なんて言っていられない。これが【第2ステップ】」

 

事実、そうなるだろう。

聞いているガルルも想像に難くない。

 

「ここで問題になるのはEMP攻撃が星だけに起こったとして、外部母艦は無事だが連絡手段の無い状態で果たして母艦達はケロンの状況に気付けるかどうかだ。突然連絡の付かなくなったケロンに母艦達は船を寄越すかどうか。状況把握も出来ないのにまず簡単には送らないだろう。だが、もしそこに外部から無事な宇宙船が何も知らずに戻って来たらどうなる?当然ターミナルや管制塔が動かないからやはり一端他の星か母艦に戻るだろう。もし着陸してもその頃には既に冷静に判断できる者が居るとは考えにくい。皆が冷静で統率が取れているならば即座に近隣の同盟星などに救助を頼むだろうが、そんな冷静さは1時間と保つ事は不可能だ。外部救援を頼む前に宇宙船の奪い合い。誰もが【自分だけ助かればそれでいい】と言う状態になっている。これがラストの【第3ステップ】だ。究極に最悪な自滅ENDだな」

 

さも楽しそうに話すキララ。

確実に自分を除外している理由は、EMP攻撃を食らって一番に死ぬのは【ジグソウ】を埋め込まれている自分だと理解しているからだ。

キララは偶にこうなる。血の気の多さが、その凶暴的な力が、外に発散されること無く蓄積されると平気で恐ろしいことを言い出す。

ガルルにはストレスの溜まり過ぎと言う事は分かっているが、それでも聞いて気持ちのいい話ではない。

 

「…そこまで分かっていて何故やりたがる…」

「私は貪欲だ。今の仮定は【敵性宇宙人の介入が一切無い】ってのがまたゲームチックだろ?いざって時に本当に役に立つのはサバイバル知識に特化した者だ。制限時間もルールも一切無用の本当にケロン人だけの生き残りバトル。その血生臭いリアルを見てみたい。ただそれだけの話」

「VR(ヴァーチャルリアリティ)で勝手に作れ。お前なら相当な物が作れるだろう」

「とっくにやった。言っただろ?私は貪欲だ。所詮VRじゃその場の臨場感や空気までは作れない。やっぱ何事も生が一番だと思うわけよ」

 

残念そうな口ぶりだが、やはりキララの表情は楽しそうだ。

ガルルには分かる。キララはやりたいのだ。実験がしたいのだ。肌で伝わってくる。

宇宙船に乗り外部から大気圏層を狙って撃てば、キララは死ぬことは無く星が滅ぶ姿を静かに観察する事が出来る。

そして星が滅ぶことは、【キララの自由が手に入る】と言う事と同意義なのだ。

 

 

「まぁ私は人類学者も何でも無いし?ただの軍人だけど。知的好奇心の1つとして【タブーを犯したい】と言うのは、誰でもどの星でも同じだ」

 

 

クローンを作った時のように。

ゲノム解析を終えて全ての遺伝情報が分かるようになった時のように。

【ジグソウシステム】を開発して、実際に脳に埋め込んだ時のように。

 

 

どれもコレも、今のケロンの科学力は多くのタブーの積み重ねから生まれている。それを星の者は殆ど知らない。

狂気の沙汰のような人体実験を平気な顔で数え切れないほど繰り返した結果だと全く知らずにその者たちの功績を讃える。【過程】は見えず【結果】しか知らない。

だが真の研究者は賛辞など欲しいと思っていない。欲しいものはやはり【過程と結果】。結局は自己満足の世界だ。

研究と言うものは分かってしまえば終わりだ。ソコから先は無い。

ソコにたどり着くまでの過程や実験が楽しいからやっている。楽しくなければ誰も実験など面倒な事はやらない。

 

 

「そろそろ止めて置け。衛生局内でそんな話をしているとカウンセラーに捕まるぞ」

「イカれてんだから仕方無いじゃん。治療方法はただ1つ。定期的に【私を前線に戻して思いっ切り暴れさせろ】。特刑だけじゃ衝動が納まらん」

「それは…」

「無理だろ?でももう軍の訓練シミュレートは飽きた。ニセモノ撃っても何も楽しく無い。実践訓練も型にはまった事ばかり。悪戯を仕掛けている時の方が余程スリルが有る」

「………」

「侵略部隊の前線に居たのが訓練程度で満足は出来無い。お前だって分かるだろ?本当の戦場で敵はコッチの都合良く型通りに攻めて来ない事くらい」

 

挑発的にガルルを見るキララ。自分の言葉にどんな反応が返ってくるか楽しみなのだろう。

軍の中隊程度ならば、A級であろうと1人でさっさと壊滅させられる。とにかく敵の裏を付くのが天才的に上手い。それがキララだ。

天敵であるヴァイパーにも怯まず、当然のように勝利を掴んで戻って来る。どうやら本能的に有るはずの恐怖心が最初から欠如しているらしい。

キララは同じ鬼才のクルルと違って激しく凶悪で圧倒的パワーも持ち合わせている為、身体が鈍ると直ぐに戦場に出たがる。

出られないと、分かっていてもだ。

 

 

「キララ…」

「あー?」

「お前はイカれていない」

 

ガルルがキララの頭をポンポンと撫でる。

この頭脳は壊れていない。【ジグソウ】に支配されてもいない。

 

「ガキ扱いすんなって。私もいい大人だ」

 

不機嫌だった顔が、少しだけ悲しげに笑う。

軍から何もかもを奪われたキララの、たった1つの願いは本当にとても小さい。

 

星から自由に出る

 

本当にたったそれだけだ。敵と戦うとも、何処かに旅行に行くでもない。散歩程度でもいいから星の外に出たい。自由が欲しい。

だが、そんな簡単な事がガルルには叶えて上げることが出来ない。キララを慕う者なら誰もが叶えたいと思うが、誰にも出来ないのだ。

 

「俺の前では素のお前でいろ。疲れるだろう?」

「十分いつも通りじゃん。他の者の前で今みたいなこと言ってみろよ?それこそ『ジグソウが壊れた!』って大騒ぎになる」

「なら良いが…」

「私を甘やかしても良い事無いぞ。上からも相当厳しく言われているだろう?」

 

 

≪私は【ジグソウ】だ。人工知能の有る機械だ。マシンを甘やかして何の意味が有る?≫

 

 

いつだったかキララが言った言葉だ。

相当気が荒れていた時だったので本人は覚えているか分からないが、ガルルはその言葉に酷くショックを受けた。

そして、ショックを受けた自分に対して吐き気がするほど自己嫌悪に陥った過去がある。

 

「まぁ、ゾルルみたいな思いっ切り『俺はサイボーグです!』って自己主張してるようなのが好きなマシンフェチなら話は別だけど」

 

暫くしたら奥からキララの見慣れた衛生局員がやってきた。

瞬時にキララの表情が変わる。大佐の仮面だ。

 

「キララ大佐、では此方に。ちなみにもの凄く先生達は怒っていますので……どうか今回は…あんまり毒舌は控えめで…」
「どう考えても笑顔で受け入れ態勢では無いだろうな。こないだのオペから殆ど時間経って無い。流石に大人しくしているつもりだ。だからとて『手は抜くな』と伝えろ。これが破損データだ。頼んだぞ」
「お預かりします」

腕を借りてキララが奥へ歩いていく。
この時ばかりは毎回ガルルも無理矢理新人のカリエスウォー訓練の拷問に送り出す気分だ。

 

キララを甘やかす事は禁じられている。

誰もキララを甘やかしてはいけない。

キララ自身も甘やかされるのを嫌う。

 

それがキララの軍人としてのプライドだ。

 

 

だが、『甘やかす』の線引きは一体何処だ?

 

 

「はぁ、護衛官なんぞ失格だな…」

 

 

無理を言うのも大概にしろ。

 

 

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