唇を割って溢れる声は アナタだけのモノ

側にいて。愛して。可愛がって。
ネジを巻いて下さい。永遠に歌います。

アナタの側で。




●カノン●






街を一緒に歩いていたら唐突に。
欲しいモノは何か無い?と、誰でも一度は聞かれる問いをされた。


  下らないと思った。


自分じゃ選べないから選択権を相手に譲る。
間違えたくないから、代償を払ったのに自分の不備を認めたくないから。
相手に選ばせる。
そうすれば、気に入らなくて駄々をこねても『お前が悪い』の一言で罪の意識は殆ど消え失せる。
間違えた相手を少し哀れに思うかもしれない。むしろ金を出したのにと腹が立つかもしれない。
どっちにしろ優劣は付く。自分は悪くない。全責任を相手に任せて失敗しても心に痛手を追わない為の…

卑怯で狡い言葉。
ただの安全策。



  「『あたしが欲しいもの』が欲しい」



そう答えてやった。
強張る表情。ほらやっぱり困った。自分で考えなきゃいけなくなったから。
さっきまでの優越感に満ちた笑顔は何処に行ったの?
あたしはモノを媚びた覚えは無い。勝手に与えて優越感に浸りたかったのはそっちなのに。
責任を丸投げ出来なくなるとこうも簡単に崩れる。

  バカな大人。
  あたしは子供だけど、十分蔑むに値する。

自分で適当に買って与えればいいのに。
気に入らなくても捨てられるのが恐いなんて、子供のあたしより臆病者。


「分からないから聞いてるのよ。もし私が買って気に入らなかったら…」


サプライズは怖くて出来ない。自分で暴露。サイテーかも。
相手に聞くべき事と自力で何とかする事の区別も出来ないの?
それとも、あたしとアナタはそれだけ薄っぺらい関係だった証拠かな。
欲しいものが分からなくて当然。だけど好みや何かは少しは分かるでしょ?
それすら知らない?あたしは知ってるよ。

あたしがプレゼントして、もし気に入らなくても捨てる勇気が無いことも、ね。


「ビスクドール(西洋人形)」
「え?」


一個目の助け船。


「そんなの欲しいの?何かイメージじゃないからビックリしたわ」


船は呆気なく沈んだ。

欲しいなんて言ってないよ。ただ『ビスクドール』と言っただけ。
あと、ついでの感想は助け船だと気付いてすらいない証拠。
勝手に驚けばいい。
驚いてもいない癖に、定番の台詞。
内心、選択肢が一気に狭まって安堵してる癖に。

  見栄っ張り。


二つ目の助け舟。


「…クルミ割り人形」
「2つも?贅沢ねぇ」


欲しいだなんて言ってないよ。
そんなに嬉しい?選ばなくていいから。
責任をあたしに下ろせるから。
あとは金額を気にするだけだもんね。

  単純。


三つ目の船。


「ネジ巻きのオルゴール」
「えぇ?3つも選ぶのは逆にアナタが大変じゃない?」


いつの間にか、選択権があたしに全部移行してた。

 擦り付けられた。

表情も小馬鹿にした優越感が戻ってる。3つもだなんてとか、子供の贅沢とか、思ってるんだろう。
これでアナタの心は安心。痛むのは財布だけ。


「じゃあ欲しいものは、ビスクドールにクルミ割り」



最後の言葉。




「いらないよ」




別にいらない。欲しくないそんなモノ。邪魔。
過去に一度でもあたしから欲しいとねだったなら謝るけど。
言ってないよ?
みるみる怒りの表情に変わる。馬鹿にされてたとやっと気付いた。

 −遅いよ。

一言「無し」の選択肢も作っておけば、あたしは最初にそれを選んだのに。
アナタの気紛れが不愉快だったから、あたしはやり返した。それだけの話。

あたしが欲しかったのは、『何も無し』だよ。





 アナタの優越感を潰した短い会話。
 それだけの話。










「それだけ、ねぇ…」

食卓の前には兄がいる。
その横にはカエル型宇宙人。
どちらも酷く不愉快そうな顔をしてる。

「それだけ」

それ以上でも以下でも無い。
他愛の無い日常会話。
そして怒りを暴力に変化させて、それを受けただけ。
いつもの事。
どうせ痛い目に会うなら、少しでもやり返さないと。


「相手が可哀想。善意だと思って受け取るのも子供の礼儀じゃない?」

兄の言葉は確かにそう言える。

「何でもかんでも気に入らねぇとソレだな?相変わらず可愛くねぇなぁ」

ククッと笑う宇宙人は、あたしに正直で好き。

「そーゆーのはちょっとでも逆手にとって散々搾り取って捨てんだよ。勿体無ぇだろ?ガキの特権だ」

彼は頭がいい。きっとそういう子供時代を過ごしてたんだ。
でもあたしは媚びたくない。
彼のように大人を捨てる力を持ってない。
だからこういう風にしか出来ない。

「大人って子供に対して夢見すぎ。やれ『子供らしく』とか『素直に甘えて』とか要求が多すぎるよ」

自分が『子供だった頃』を思い出したら絶対にこんな事言わない。
絶対に都合の良いことや迷信まがいしか信じないし覚えない。
そんなの自分勝手。

「いつかみんな、そう言う大人になるんだよ」
「だろうね。なっても自分じゃ気付けないんだから・・・」


 大人は愚か。
 子供の言葉を信じない。

そしてあたしも大人になれば、子供達に『今のあたし』と同じ扱いをされる。
大切なのは年齢じゃない。経験値も忘れれば終わり。
記憶と感性なんだ。

「一足先に俺は嫌いな大人になっちゃうね」
「そうだね」

もう、片足踏み込んでるけど。

「クッ、『大人になっても童心を忘れずに』ってかぁ?地球人は無茶苦茶だな」
「じゃないと可愛い妹に嫌われるよ」

黄色い宇宙人の言う事は分かる。
子供の気持ちや記憶を入れっぱなしじゃ【大人】になれない。
現実的に生活する上で生きる為の手続きは、この世に山程ある。
【子供】はそれを【大人】に任せて免除されてるだけの話。

「楽しみを見付ければ人生は楽しいんだろうね。でも楽しみを犠牲にしないと生きていけないなんて」
「その通り。ある程度の犠牲は当然。例外は無い」

そう、あたしも例外じゃない。だから大人になるのが嫌だし逃げたい。
子供から『クダラナイ』と見下される大人なんて。
だけど兄は少し例外かもしれない。人より子供でいられる時間が長い気がする。
元々そうだけど、宇宙人と一緒にいるようになってから。余計にそう思う。


「ねぇ、欲しいものってさ。結局なに?」

蒼と碧の間。少し暗い。
不思議な色の瞳があたしを見る。
関心はあるけど興味は薄い、純粋な質問。
答えない理由はない。


  「永遠に変わらないもの」


「ふむ、中々難しいね」
「ククッ、それこそガラスケースにビスクドールだな。そんでも無理があるっつーのによぉ」
「贅沢でしょ?」


あたしは変わる。一秒毎に変化し続ける。
いつか老いて死んで骨になってもまだ変化は終わらない。

 カノン

永遠に終わらない歌。
同じ場所を繰り返し続ける。
一歩も前進しない。少しも成長しない。その代わりに時が止まる。
ただひたすらに、同じ場所を繰り返す。


「やっぱりオルゴールかなぁ・・・」


終わらないカノンを奏で続けて。

あたしがネジを巻き続けるから。



end.