どうか雨雲払い明日は明るく日の光で照らしたまえ
孤独を見てしまった野良犬の
この先の旅路に幸多かれと。
●野良犬失踪日和●
「ガルル、何か楽しい話してよ」
ニコニコ笑いがドライバー片手に、ソファで書類を読みながら煙草を吸っているガルルに話し掛ける。
笑うが自分に求めるものはたった一つ。
身辺護衛でも暴走の制御でも無く苛めのリアクションだ。
今日の苛めの内容は【昔話を保育士風に語る羞恥プレイ】か何なのか。
ウンザリしながらガルルが考える。
当然は爆笑する話などは全く求めていないだろう。
やりたい事は話している最中にスキを見つけ、矛盾点を突き攻め立て困る自分のリアクションなのだから。
「今日はまた、随分マニアックな苛めだな」
任務外作業なので今は二人ともタメ口だ。
今日はいつも掛けている眼鏡型スカウターゴーグル機能の調節の為にやって来た。
前回の任務の際に破片が当たり、それ以来かなり調子が悪い。
新しく軍部から支給して貰うにも、ケロン軍は一度個人支給した物の修繕費は全て個人持ち。軍服が破れてもだ。
ゴーグルはガルルの様な精鋭の一部にしか支給されない上に、そもそも誰に渡して修理を頼めば良いのやら。
下手に何処かの技師に渡して変に改造されても困る代物だ。トロロに任せても結果が怖い。
結果、0からは作れないが1からは必ず改良してくれるに頼んだ。
「は?ごめん意味分からんから応えられない…」
「いや、むしろ応えるな。聞き流せ」
が笑えば悪戯や苛め以外に何がある。
本気で眉間なシワを寄せて『うわぁ…』な顔を向けるの顔が見れない。
思えば短期間で随分毒されたものだ。
「ガルル、今度でいいから一度視力測って来てくれる?」
「視力?」
「一応今の数値で設定しておくけどスカウター使うと必ず視力に酷く影響する。これ普通に眼鏡としても度が合って無いんじゃない?」
「あぁ、分った。後で測定してくる」
「宜しく。あと当たりどころが随分悪いね?部分的に基礎データ飛んでるし。大事に使ってよ、難しいものなんだから」
外部損傷は直したのか、今はスカウターゴーグルにパソコン端末を繋げ中身を調整している。
「新たに情報入力は可能か?」
「まぁいつも楽しませてくれるガルルの頼みだ。新しく入ってるデータもおまけで詰め込んどく」
「助かる」
楽しませているつもりは毛頭無ければ嫌がらせしかされていないのだが。
今日のはタダで修理を引き受けてくれた。
だがその代わりにまた悪戯を仕掛けられる訳でも無い。
「これ、トロロに渡してたら余計壊れて返却だったねー」
「そこまで難しいのか?」
「市販の子供向けスカウターとは訳が違うもん。軍専用だし支給された者は自分好みに改良しまくりで内蔵データもパターンも全部違う。つーかトロロじゃ設計図手に入らないし滅茶苦茶にされてオシマイだ」
確かにガルルも支給されてからはアチコチに改良を重ねて原型が無い。
設計図も上級技師かのように何処からか勝手に盗んでこなければ出来ない。
「でも直せる奴等はガメツイ。相当のお値段出さなきゃならなくなる」
「なら珍しい事だな。何故タダでやると?金に煩いお前が」
「機械弄りがしたかったんだよ。難易度高めでね」
一瞬が詰まった気がした。
モニターを見る表情も一瞬だが変化した。
役職柄、絶対に外さないの仮面に傷が見えた気がした。
「第一、人のスカウターの中身なんて趣味が出るから見ていて損は無いもんでね♪」
今日のは明らかにムラがある。
普段のデスクと違い改造しているから?技師としての表情?
ガルルには気になって仕方がない。
「」
「なーにー?今ちょっと真剣」
最初に投げ掛けた『楽しい話』も全く請求してこない。
会話が消える事は無いが、極めて上っ面だけだ。
明らかに…
「何かあったのか?」
その『何か』は分からないが、それを忘れようとしている。
そう考えれば今日のの行動に説明も付く。
「何かって?今日は生理でお腹痛いとか言ったらどうすんの?」
茶化すがいつもとやはり会話のトーンが若干違う。
「心配で聞いてるんだ」
「何がよ?」
「………」
言いたくない事かもしれない。
聞いて自分に解決出来る事でも無いだろう。
にどうする事も出来ない事など極めて少ないのだ。
「悪い。いつもより元気が無いようだったから気になってな」
「そりゃ今はコレ直してんだから真面目だよ。スカウター機能の代わりにエロ動画流れるようにしようか?」
「本気で殴るぞ…」
本当にやりかねないから怖いものだ。
杞憂だろう。
こう言う時もある。いつも一定を保ち続けるのは難しいのだ。
自分がの護衛になってから紳士の仮面を即座に叩き割られたように。
感情の起伏は誰にでもある。思えばといるようになってから随分キャラを壊されたものだ。
今まで軍人として冷血を貫いていた自分が、こんなに感情的に怒鳴ったり走ったりするなど想像も付かなかった。
「…ん、よし。あとはデータのダウンロードで終わり。ちょっと時間かかるから」
「助かった。感謝する」
がモニターから顔を上げて背筋を伸ばし、煙草に火を付ける。
「そうだガルル。終わるまでに楽しい話してよ」
「楽しいと言われても、俺はお前の『楽しい』の基準が全く分からん」
「何でもいいさ。戦場の話でも。それならあるでしょ?」
「戦場?まぁ…確かにあるがどう考えても楽しくは無いし、お前が余計に外に出たがるだけだろう?」
「じゃあ家族とかは?ギロロ伍長や、子供の時とか…何か無いの?」
視線は確かに合っているが、からは普段の様な興味の欠片も見当たらない。
自分の奥に何を見ているのか。
「、お前が何かを話したいんじゃないのか?」
「そう見える?」
「あぁ。俺の話など今は興味なぞ無いんだろ?」
『いつも』なら、根掘り葉堀り聞いてくるだろう。
だが『今』は話しても聞こえていないだろう。
しばらく静かに電子音だけが流れた。
「……。野良犬がいた」
ポツリとが口を開いた。
視線の奥で記憶をサルベージしている。
「その犬を手懐付けた。でも走り去った。知らない内にいなくなったんだ」
昔話のように。
だけど温度が無い。
「餌が欲しくてなついたフリだったのか、私に飽きたのか分からない」
「犬は今?」
「一度餌付けの甘さを知ったら元の野良犬には戻れない。走り去った犬の幸多きを願うだけさ」
ただの話じゃない。
なりの何かの比喩だ。
「…追わなかったんだな」
「何処に辿り着くかは知ってるからね。私は追わない」
ピーっ、と電子音が鳴る。
「さ、終わったよ。視力検査を忘れずに」
端末を外したスカウターゴーグル。
変わりにつけていた眼鏡を外し、ゴーグルを嵌めればいつも通りに流れる情報たち。
良かった、エロ動画は流れない。
元よりも更にバージョンアップされているだろう。
「助かった。使えないとどうにも辛いからな」
「だからって頼りすぎも良くないけどね。使い勝手の報告も宜しく」
ガルルが部屋から立ち去ろうとした時。
「ねぇ…犬さ、どうなったかガルルには分かる?」
の問い掛けにガルルは答える。
「死んだんだろう。主人を裏切り餌も無く野良にも戻れない。ならば結末はそれしか無い」
が苦笑する。
「大当たり」
餌を与えた【犬】は恩人を裏切った。
走り去る先にあるのは1つしか無い結末。
幸あれと願うは死後の世界。
せめてもの、殺した者からの最後の情け。
「まだ護衛について短かいが、お前の気持ちは少しは汲み取れるつもりだ」
「ふーん?私に向かって大した自信だ」
比喩話だらけの中で会話。
それでも成り立つのは同じ気持ちを味わった事があるから。
「折角見つけて可愛がってたのに残念だよ」
「だろうな。俺も気持ちは分かる」
「そーおー?ガルルの犬とはちょっと違うと思うけどなぁ。コッチの犬は愛着とか半端じゃないよ?」
「まぁお前の犬は大事だからな。だが俺も同じ事をしなければならん時がある」
「ふーん」
失踪した犬は、どういう気持ちだったのだろう。
消されると分かっていながら、走り去った犬。
「…ありがとね。話聞いてくれて」
「構わん。いたずらを仕掛けられるより話を聞くほうがずっとマシだ」
がスッとガルルの腕を掴む。
「ガルルはいつか走り去る?」
「既に飼い慣らされた身だ。心配する事は無い」
「私はいつか…失踪するかもね」
「気紛れでか?まぁその時は地獄までも追いかけてやる。俺がな」
優しく手を離し、部屋を出た。
疲れ果てた身体を休めるより、潰れるまで走るほうが良い。
走り続ける【孤独な犬】にどうか日の光と幸福を。
BGM:野良犬失踪日和